フィリーズのクリストファー・サンチェス(29)が、圧巻の投球を続けている。今季は12先発で6勝2敗、防御率1.47。79回1/3を投げて95三振を奪い、44回2/3連続無失点も継続している。4月23日のカブス戦(シカゴ)では、六回途中12安打6失点の炎上。しかし、唯一の大量失点登板以外は、安定した投球を続けている。4月は四球でリズムを崩す場面もあったが、5月に入ってからはまさに“無双”状態に入っている。
ここではサンチェスの好投の理由にフォーカスする。昨季までの強みを維持しながら、投球の質をさらに高めている。好調の理由を6つ挙げ、最後にはあえて今後の懸念も指摘する。
なお、サンチェスは6月3日(日本時間4日午前7時40分開始)のパドレス戦(フィラデルフィア)に先発する。
【1】三振が増え、四球が減り、本塁打も許していない
今季のサンチェスを語る最重要ポイントは、失点を防ぐための基本的な数字がそろっていることだ。昨季は202回で防御率2.50、K/9(9イニングあたりの三振=奪三振率)が9.45、BB/9(同四球率)が1.96、HR/9(同被本塁打率)が0.53だった。今季はK/9が10.78、BB/9が1.82、HR/9が0.34。三振を増やしながら四球を減らし、さらに一発も抑えている。
これらの指標が無失点記録を支える土台になっている。球威だけで押しているわけではない。打者を追い込み、無駄な走者を出さず、長打で試合を壊さない。先発投手として理想の投球内容だ。
【2】チェンジアップが右打者への決め球になっている
サンチェスの最大の武器はチェンジアップだ。今季のチェンジアップは被打率.153、被長打率.176、空振り率49.8%、三振率43.3%。昨季も優秀だったが、今季は長打を許していない。
特に右打者に効果的だ。左腕のサンチェスにとって、右打者の外に逃げながら沈むチェンジアップは、空振りを奪い、ゴロを打たせる球種。速球系を意識させた後に、この球を低めへ落とすことで、打者にハードヒットを許していない。
【3】シンカーとチェンジアップの使い分けが明確
今季の変化は、新しい球種を覚えたことではない。現在の持ち球の使い方がより整理されたことにある。左打者にはシンカー、右打者にはチェンジアップという配分が、昨季までよりもハッキリしている。
左打者には内角へ食い込むシンカーで詰まらせる。右打者には外へ沈むチェンジアップで空振り、またはゴロを打たせる。球種は大きく変わっていないが、配球の設計がより明確になった。
【4】初球ストライクで主導権を握っている
サンチェスは、カウントを有利に進める力も高めている。初球ストライク率は昨季の65.4%から今季は68.1%に上がった。ストライクを先行させ、ボールカウントを有利にできることで、シンカー、チェンジアップ、スライダーを広く使える。投手有利なカウントに持ち込み、チェンジアップを低めに投げれば空振りを取れる。シンカーでゴロを打たせられる。初球の入り方が良くなったことで決め球の価値もさらに高まっている。
【5】ゴロ投手の土台を保ったまま、三振も取れている
サンチェスはもともとゴロを打たせて取る投手だ。今季もゴロ率57.3%と高い水準を維持している。一方で、空振り率は昨季の30.4%から33.6%に上がった。つまり、打たせて取るだけではなく、必要な場面で三振を奪える投手になった。先発投手にとって、この両立は大きい。球数を抑えたい場面ではゴロを打たせ、走者を背負った場面では三振を取りにいける。無失点が続いている背景には、この幅の広さがある。5月の5登板では、2度の7イニング、2度の8イニング、そして9回完封。ゆえに44回2/3で無失点を続けている。
メジャー記録は1988年にドジャースのオーレル・ハーシュハイザー氏が達成した59回連続無失点だ。
【6】リリースの角度、近さと体感速度、見にくさ
打者から見た「球の出どころ」の分かりにくさも大きな要素だ。
特徴は、6.9フィート(約2.10メートル)の長いエクステンション(投手プレートからどれだけ打者に近づいてボールをリリースしているか)。サンチェスは打者に近い位置でリリースしているため、同じ球速でも到達時間が短くなる。ベースボール・サバントの全体比較では上位約12%相当でメジャーでも長い部類に入る。MLBネットワークの分析動画では「先発投手で12番目に長い」としている。
この長いエクステンションは、体感速度にも直結する。ファングラフスでは、サンチェスの95.3マイル(約153キロ)の速球が、打者には96.4マイル(約155キロ)に感じると分析した。
さらに重要なポイントが、リリース高さの一貫性だ。リリースの高さは全体平均で地上6.0フィート(約1.83メートル)。シンカーは6.0フィート(約1.83メートル)、チェンジアップも6.0フィート(約1.83メートル)、スライダーは6.1フィート(約1.86メートル)で3球種の差は最大でも約3センチしかない。
この一貫性が、シンカーとチェンジアップの見極めを難しくしている。シンカーは平均95.0マイル(約153キロ)、チェンジアップは平均86.5マイル(約139キロ)。球速差は約9マイル(約14キロ)あるが、ほぼ同じ高さ、同じ腕の振り、同じようなリリースポイントから投げられる。
腕の角度も特徴的だ。サンチェスのアームアングルは31度。長身左腕ながら、真上から投げ下ろす投手ではない。低い腕の角度から、一塁側へやや踏み込むようにクロスステップで投げるため、右打者は横の角度を感じ、ストライクゾーンの横幅を判定しにくい。そして左打者は、打者自身の背中側から長い腕が伸びるように投げられる。体の近くに投げられる視覚は、『もしボールが抜けたら…』という死球の恐怖と隣り合わせ。ゆえに外角は、より遠くに錯覚させることができているのかもしれない。
【7】ただし、すべてが完璧に改善しているわけではない
あえて、今後の注意点も指摘する。今季の平均打球初速は89.1マイル(約143キロ)、ハードヒット(打球初速95マイル=約153キロ)以上の割合は44.1%で、昨季より上がっている。防御率1点台前半がこのまま続くかは、慎重に見る必要がある。つまり、アウトになった打球では数値上は痛打されていることが、昨季よりも多い、ということだ。極端にいうならば、たまたまアウトになった打球が増え、無失点記録には運の要素も含む。しかし、それも野球。強烈な打球がヒットにならず、詰まった打球がポトリと内外野の間に落ちることは避けられない。
今季のサンチェスの好投には明確な理由がある。三振増、四球減、本塁打抑制。チェンジアップの進化。左右別の配球設計。初球ストライクの増加。ゴロと三振の両立。これらが重なり、今の圧倒的な成績につながっている。
【補足】サイ・ヤング賞のゆくえは
現状では、サンチェスがナ・リーグのサイ・ヤング賞の最有力候補といっていいだろう。日本勢では、ドジャースの大谷翔平(31)が9先発(55回)で5勝2敗、防御率0.82の好成績を挙げている。もちろん、大谷もイニング数次第ではサイ・ヤング賞の候補に違いない。だが、勝利貢献を示すWAR(ベースボール・リファレンス版)では、大谷の「2.5」に対し、サンチェスの「4.3」はリーグトップをマークしている。大谷は二刀流のため、登板間隔が中6〜7日。今後、防御率などの指標で上回る大谷が、サンチェスより優位にサイ・ヤング賞争いを進めるためには、イニング数が重要になるだろう。
また、ブルワーズのジェイコブ・ミジオロウスキー(24)も快進撃を続けている。12試合で6勝2敗、防御率1.65、108三振はナ・リーグ1位の好成績。5月は5先発で全勝、防御率0.23、38回1/3を投げ、わずか自責点1だ。WARは「3.0」をマークしている。
(※成績は6月2日時点)
