「岩手から世界へ」エンゼルス菊池雄星、故郷に野球「虎の穴」を作った理由

January 16th, 2026

菊池雄星と大谷翔平。岩手県から世界へ羽ばたいた二人が、今春開催されるワールドベースボールクラシックの日本代表に名を連ねた。花巻東高校出身という共通点を持つ先輩と後輩は、故郷・岩手、そして母校にどのような影響をもたらしたのか。2本立てで紹介する。

菊池雄星にとって、故郷は野球の原点に立ち返り、自分を見つめ直すことができる、特別な場所だ。

メジャーリーグでの挑戦を続ける中でも、母校に戻る時間は、常に自身の立ち位置を確かめる機会になってきた。結果に追われる日々の中で、「野球とは何か」「何を次の世代に残せるのか」を考える。その積み重ねが、次の決断へとつながっていく。

里帰りした際に、メジャーリーグのような環境で練習できる場所があれば。さらに、次世代を担う選手たちを育てる拠点をつくりたい。そんな思いから菊池は、母校・花巻東高校の野球部グラウンドに隣接する岩手県花巻市に、全天候型複合野球施設「King of the Hill(K.O.H.)」を完成させた。

「King of the Hill」を直訳すると「マウンドの王様」。この施設から試合を制する投手を生み出したいという強い願いを込め、菊池は私財を投じてこのプロジェクトに踏み切った。

入り口には菊池雄星がこれまで所属してきたチームのユニフォームや、メジャーリーガーたちのバット、ユニフォームが来訪者を迎える。建物右手にはカフェエリアが広がり、菊池が長年集めてきた現役選手や往年の名選手のサインボール、バットが並び、モニターではメジャーリーグの試合が流れる。奥にはウェイトトレーニング場、治療室、ジャグジー、サウナに加え、メジャーの球団施設にもあるヘアサロンも完備。随所に菊池の遊び心とアイデアが息づく。

一方、建物左側は一転して本格的な野球空間だ。2人同時に使用できるブルペンや打撃ケージに加え、アイトラッカーやトラックマンなど最先端の解析機器が揃い、投打を科学的に磨く環境が整えられている。

菊池は2022年から在籍したトロント・ブルージェイズのフロリダにある春季キャンプ地を参考にしたと話す。メジャーリーグの春季キャンプのクラブハウスに迷い込んだような、ハード、ソフト面でメジャーリーグのエッセンスがふんだんに盛り込まれたデザインで、1400平方メートルの施設には、上を目指すための環境が過不足なく詰め込まれている。

一月。外は真っ白な雪景色。温度調整された練習場では、独立リーグの群馬ダイヤモンドペガサスに所属する高橋主樹投手が河内山拓樹投手コーチとマンツーマンで投球練習を行っていた。直球、変化球と指示を受けながら、一球一球を丁寧に投げている。

地元・花巻市出身の高橋は、青森山田高校、東北福祉大学を経て、昨季も独立リーグでプレーを続けている。施設ができた昨季からパーソナルトレーニングを利用し、河内山コーチの指導のもと、基礎動作の徹底、フォーム改善などに取り組んでいる。

「球速向上がまず一つ目の目標です」と高橋。

河内山コーチの指示を受けながら、高橋は一球ずつ腕を振る。

「腕の位置を意識して」
「上体が立ち上がっているよ」

マウンド脇に設置されたカメラが高橋の投球を捉え、その映像は瞬時に河内山コーチの手元のパソコンへと送られる。

投球を見届けた河内山コーチは、画面を確認しながら意識すべきポイントを伝える。それに対し、高橋は「はい!」と短く応じ、再びマウンドに立った。

直球、変化球を織り交ぜながら約70球を投げ終えると、河内山コーチは、より詳細な動作解析の画像を確認しながら、腕の使い方や上体、頭の角度など、注意すべきポイントを一つひとつ説明し、高橋も真剣な表情でスクリーンを見つめながら頷いた。

「自分の投球がデータとして、さらに映像で確認できるので、弱点がはっきり分かるのがありがたいです。トップ選手の数値も見せてもらえるので、自分が今どの位置にいるのかを理解する材料になります」

感覚だけに頼るのではなく、数値と映像によって投球が可視化されることで、修正点が明確になり、それが実際の投球に生かされるようになった。

高橋は昨季に続き、今オフも週1回のペースでパーソナルトレーニングを受け、河内山コーチと二人三脚でフォームの精度を高めている。K.O.H.での指摘を踏まえ、その他の日は自主的に投球練習やウエイト、体幹トレーニングに取り組んでいる。

10分以上に及ぶフィードバックを終えると、チューブを使って投球フォームを意識させる動きづくりを行い、この日の練習は終了した。

「投球で良かった点と悪かった点を一つずつ指摘してもらい、自分でもしっかり理解できるようになってきました。シーズンが始まってからフォームが崩れたり、違和感を覚えたときも、自分で原因を把握できるようになっていると思います」

高橋はそう話し、K.O.H.でのトレーニングの手応えを口にした。

所属する群馬ダイヤモンドペガサスでは、今季は先発に挑戦する予定だ。自分の理想とする投球を追い求めながら、ローテーションを守り、勝ち星を積み重ねていく。それが今季の目標だ。

菊池はK.O.H.を建設した際、こう語っていた。

「誰かの夢を応援するのって、楽しいじゃないですか」

野球がうまくなりたい、もっと上を目指したい。そんな思いを持つ人たちを後押しするため、そして予算の都合などで海外でK.O.H.のような場所でのトレーニングが難しい若手選手たちの受け皿として、この施設は誕生した。

高橋のように限られた予算の中で日々を積み重ねる選手にとって、ハード、ソフトの両面でメジャーリーグ級の環境が整うK.O.H.は、まさに理想的な練習拠点と言えるだろう。

「メジャーと遜色ない機器を入れました」と菊池が話すように、最新の機器、優秀なコーチ、スタッフが選手たちのレベルアップに貢献している。

菊池自身も、2年連続で同施設を拠点に調整を行ってきた。昨年は西武時代の後輩・高橋光成をはじめとする日本のプロ野球選手たちが集結。今季はナショナルズの小笠原慎之介、西武ライオンズで侍ジャパン入りが決まっている平良海馬、 パドレス傘下のバルザー・ブライアン、さらに読売ジャイアンツの西舘勇陽も、この場所で汗を流した。

メジャーリーガーに憧れる幼稚園や小学生、中学生をはじめ、プロ野球選手、さらにはプロ入りを目指す社会人・独立リーグの選手も足を運ぶ。年齢も立場も異なる彼らを受け入れる。

「K.O.H.の野球クラスに通っている小中学生が、正直うらやましいです」と高橋はそう率直な思いを口にする。

「素晴らしい施設で、しかも一流のコーチ陣から、こんなに早い段階で指導を受けられる。子どもたちは今はまだその価値が分からないかもしれませんが、将来必ず、ここで教わったことが大きな財産になると思います。中学2、3年生など、次のレベルへ進むタイミングでここで練習すれば、野球のプレーにもっと深みが出るはずです」

さらに、こう続けた。

「もちろん自分自身も、ここで得たものをしっかりプレーに生かしていきたい。それが、こんな素晴らしい施設を作ってくれた雄星さんへの感謝の気持ちを示すことになると思うので」

今季メジャー8年目を迎える菊池は、これまで何度も立ち止まり、自身の投球と向き合ってきた。成功体験だけでなく、失敗や葛藤、そのすべてを糧としてきた歩みがある。その経験は今、K.O.H.という場所を通じて次世代へと還元されている。

「岩手から日本一」

菊池は高校時代、その言葉を胸に白球を追いかけた。そして今、「岩手から世界へ」を体現し、同じ志を抱く若者たちを全力で後押ししている。