ミッキー・モニアック、憧れのミッキー・マントルへ感謝の手紙

2:42 AM UTC

以前、ミッキー・モニアックに子どもの頃に憧れていた選手を尋ねると、即座に「ミッキー・マントル」と答えが返ってきた。

マントル氏は1950~60年代にニューヨーク・ヤンキースで活躍した伝説的選手。1998年生まれのモニアックが、そのプレーを実際に目にしているはずはない。なぜその名を挙げたのか不思議だったが、理由を聞いて腑に落ちた。

これは、メジャーリーガーになったミッキー・モニアックから、伝説の名選手ミッキー・マントルへのメッセージである。

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親愛なるミッキー・マントル様

はじめまして。

コロラドロッキーズ外野手のミッキー・モニアックです。
あなたは僕のことを知らないと思いますし、直接会って話すこともできませんが、僕はあなたのことをよく知っています。

僕の祖父ビルは、1958年から63年にかけてレッドソックス傘下のマイナーリーグでプレーし、テッド・ウィリアムズから打撃指導を受けました。祖父はあなたと直接の接点はありませんでしたが、子どもの頃から祖父はよくあなたの話をしてくれました。

僕は野球一家で育ち、物心ついた時には野球を始めていました。

祖父はもちろん、父もいとこも野球が大好きで、家族が集まれば裏庭で野球をしたり、パドレスの試合を見に行ったり、そんな環境で育ちました。

子供の頃に好きだったテレビ番組は『SportsCenter』や『Baseball Tonight』で、録画して繰り返し見ました。その中で時々出てくる野球の歴史エピソードも大好きでしたし、あなたのドキュメンタリーも何度も何度も食い入るように見ました。

あなたを好きになった理由は、最初はやっぱり名前です。

「ミッキー」

僕と同じ名前のすごいメジャーリーガーがいた。

4歳か5歳くらいの時に祖父に教わり、とてもワクワクしました。

あなたのキャリアを知っていくうちに、あなたの偉大さを少しずつ理解しました。

外野手で、スイッチヒッターで、いわゆる「5ツールプレーヤー」。まちがいなく史上最高の選手の一人です。

どんな状況でもプレーし続ける姿勢。あなたは常にどこか痛みを抱えていましたが、それでも、プレーできる限り、必ずフィールドに立ち続けた。そのメンタリティは本当にすごいと思うし、自分もそうありたいと思っています。

興味を持った理由は名前がきっかけでした。でも、そこから一気にあなたの魅力に引き込まれ、いつしかそれは憧れに変わりました。

あなたのようになりたい。

そう思って、毎日、白球を追いかけました。

同じ名前を持つ一人の少年は、あなたに憧れて、メジャーの舞台に来ました。祖父を通じてあなたを知り、野球が好きになり、野球の歴史にも興味を持つようになりました。

僕がここまで来られた理由はいくつもあります。
でも、そのきっかけの一つは、まちがいなくあなたです。

もし会えたなら、こう伝えたい。

ありがとう。

そして、もし僕たちと同じ「ミッキー」という名前の野球少年がいたら伝えたいことがあります。

とにかく野球を楽しんでほしい。

どのレベルでも、その瞬間を大切にしてほしい。

焦らず、一歩ずつ前に進んでほしい。

好きで続けていれば、きっと道は開けると思います。

18年間プレーしたあなたもそうだったはずです。

僕も野球が大好きです。

あなたが僕の背中を押してくれたように、僕も野球が好きな子供たち、そして僕と同じように白球を追いかけている「ミッキー」のそんな存在になれるようにプレーし続けます。

感謝を込めて。

コロラドロッキーズ #22

ミッキー・モニアックより

※ミッキー・マントル:1931年10月20日生まれ。1951年から1968年までヤンキースで活躍した伝説的外野手。パワーとスピードを兼ね備えたスイッチヒッターで、ワールドシリーズ制覇7回のほか、MVP3度、三冠王、ゴールドグラブ賞、本塁打王4度など数々のタイトルを獲得。慢性的なケガを抱えながらも不屈の精神でプレーし続けた名選手として知られる。1995年8月13日、63歳で死去。

※ミッキー・モニアック:1998年5月13日生まれ、27歳。ロッキーズ外野手。高校卒業後にフィリーズへ入団し、2020年9月にメジャー昇格。2022年から24年までエンゼルス、2025年からロッキーズに所属。今季は開幕から42試合で42安打、12本塁打、21打点、打率.284、OPS.955と打撃が好調。