マスクをつけて、ミットをポンポンと叩く。
プレイボールの声からまもなく、右腕サウアーの高め直球がミットに収まり、体全体にボールの感覚が伝わった瞬間、視界が歪んだ。
「ずっと夢見ていた舞台にいると思ったら、突然、涙が溢れてきた。ダメだ、泣くな。そう思って涙を堪えながらスタジアムを見渡したんだ」
その瞬間を思い出したのか、再び涙が溢れ、今にもこぼれ落ちそうだ。ちょっと視線を上に向ける。
「とても特別な瞬間だった」
5月15日のアスレチックス戦でドジャースの24歳、ダルトン・ラッシング捕手は「7番・捕手」でメジャーデビューを果たした。
アスレチックス戦で先発したサウアーとは3Aでも組む、よく知る仲だ。
そのサウアーは先頭打者から連続四球やタイムリー二塁打で初回に1点、二回もソロ本塁打で1点を失った。しかしバッテリーは武器のシンカーを要所で巧妙に使い、三回、四回は無失点で切り抜けると、中継ぎの2投手もしっかり抑え、2失点で試合を終えた。
デビュー戦では打撃も光った。
二回の初打席は四球を選んで出塁すると、安打や犠飛の間にホームを踏んだ。三回にセンター前にメジャー初安打を運ぶと、八回にはセカンドへの内野安打で出塁。3打数2安打、1四球、1三振という上々の結果だった。
「いいボールが来たら、いいスイングをしようと心がけた。僕は選球眼がいい方なのでいい球をとにかく強打しようと思っていた」
昇格の知らせは突然だった。
5月14日の夜中1時、3Aオクラホマシティの監督からの電話に飛び起きた。「昇格が決まったから急いで準備し、朝一番の飛行機でロスに向かうように」
球団のSNSなどでメジャー昇格が決まった選手が監督室に呼ばれてサプライズを仕掛けられる場面を見かけるが、真夜中の電話はこれ以上ないサプライズだった。電話を切るとすぐに家族や親しい友人にうれしい一報を入れ、荷造りに取り掛かった。
ラッシングは今季3Aで31試合に出場し、打率.308、出塁率.424、OPS.938、5本塁打と打撃が好調で、チームは正捕手スミスの負担を軽減するために、最古参オースティン・バーンズ捕手をメジャー40人枠から外すDFA措置をとり、ラッシング昇格を決めた。
首脳陣の期待は春季キャンプから感じていた。キャンプの間、ラッシングはドジャースの先発投手、中継ぎ投手のデータを読み解き、配球の組み立てをプレゼンするという宿題を日々こなしていた。
「様々な場面にあわせて、配球を皆の前でプレゼンした。大変だったけれどとても勉強になった」
3Aでシーズン開幕を迎えてからも、データ分析、配球、そして打撃と必死に取り組む姿が高く評価された。
デビュー戦からわずか2日後、今度はカーショウの復帰登板となったエンゼルス戦で再び「8番・捕手」としてマスクを被った。
これまで左腕の投球を受けてきたバーンズに代わる大抜擢だったが、「(カーショウの)3Aでのリハビリ登板も受けたので、そこまで緊張しなかった」と話す。
しかし左腕は制球力に安定感がなく、初回に連続四球や安打で3点を失うと、三回にはソロ本塁打、四回にも得点を許し、四回5安打、3四球の4失点で降板。さらに中継ぎ投手もエンゼルス打線につかまり、13安打で11点を許し、チームも敗北を喫した。両チーム合わせて28安打で20得点、3時間37分の長い試合だった。
カーショウは「今日は制球力が悪かったけれど、復帰マウンドに立てたことは素直にうれしい。次までに修正できると思う」と話し、左腕もロバーツ監督も「ラッシングはよくやったと思う」と若手をかばった。しかし責任感の強い捕手は「投手陣は何も悪くない。失点は全部、自分の責任。僕のリードが悪かったせいで打たれてしまった。反省しなきゃいけない」と目を真っ赤にして唇を噛んだ。
メジャー昇格から慌ただしい日々を過ごし、うれしい勝利も屈辱的な敗戦も経験した。
「悔しい」
そうこぼしたが、その気持ちが24歳をもっと強く、そしてタフにしていくはずだ。