日本人高校生投手が歴史に名を刻んだ日

November 26th, 2024

大谷翔平が、豪快な本塁打を放ち、時速 100 マイルの速球を投げ、MVP を獲得し、数々の記録を塗り替える。今はそんな話題で持ちきりだが、今回は昔日本にいた奇跡の投手にスポットライトを当て、当時彼が未来の殿堂入り選手たちを手玉に取ったあの日に注目したい。

1934 年 11 月、メジャーリーガーたちが日本に遠征し、大規模な全国ツアーが行われた。ルー・ゲーリッグ、ジミー・フォックス、レフティ・ゴメス、そしてもちろんベーブ・ルースといったオールスター選手たちが全日本代表チームと 18 試合を戦った。

アメリカチームはほとんどの試合を大差で勝利していた。しかし、11 月 20 日、17 歳の投手、沢村栄治が、子供の頃誰もが思い描いた夢の場面を実現させた。

高校生の沢村は先発し、チャーリー・ゲリンジャー、ルース、ゲーリッグ、フォックスをはじめとする、アメリカの打者 9 人から三振を奪う。試合後、監督のコニー・マックは沢村に契約を申し入れたが、沢村はそれを断り、日本初のプロ野球リーグの一端を担った、東京ジャイアンツに入団した(日本のプロリーグは、1934 年の日米野球と沢村少年の活躍に触発されて誕生したともいわれている)。

沢村はその後、日本プロ野球史上初のノーヒットノーランを達成。第二次世界大戦で他界するまで、さらに 2 回同記録を達成した。現在 NPB(日本野球機構)では年間を通して最も活躍した投手に「沢村賞」が毎年贈られている。大谷は 2015 年に沢村賞上位3名の候補に挙がったが、2016 年は投球回数不足のため、候補には挙がらなかった(彼は本塁打を量産するのに忙しすぎたようだ)。

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