菊池雄星と大谷翔平 その背中を追う花巻東高の後輩たち

6:59 AM UTC

菊池雄星と大谷翔平。岩手県から世界へ羽ばたいた二人が、今春開催されるワールドベースボールクラシックの日本代表に名を連ねた。花巻東高校出身という共通点を持つ先輩と後輩は、故郷・岩手、そして母校にどのような影響をもたらしたのか。2本立てで紹介する。

「日本人左腕投手初の通算1000奪三振 菊池雄星選手」
「MVP3年連続満票 大谷翔平選手」

岩手県花巻市にある花巻東高校。校舎の壁一面を覆うように掲げられた垂れ幕を左手に、道なりに歩を進める。雪がちらつく中、視界の先に現れるのは、真っ白に覆われた練習場だ。

ここから、菊池雄星大谷翔平。二人のメジャーリーガーが巣立っていった。

バックネット裏には、二人の手形を刻んだ記念モニュメントやパネルが並び、その足跡はグラウンドや練習施設の随所に息づいている。

「岩手から日本一へ」

左中間に掲げられたその言葉を胸に、菊池も大谷も、日々白球を追い続けてきた。

花巻東高校の名を全国に知らしめたのは、エンゼルスの菊池雄星だ。2009年春の選抜大会、同校のエースとしてマウンドに立った菊池は、岩手県勢として春夏通じて初の決勝進出を決めた。頂点には届かず準優勝に終わったが、その投球は岩手のみならず、全国の高校野球ファンに強烈な印象を刻んだ。

野球後進県だった岩手の指導者や子供たちの意識を変えたのは、まちがいなく菊池雄星の力投だ。

「優勝旗を岩手へ」

3学年下の大谷翔平は、その言葉を胸に、花巻東高校への進学を決めた。

その後、菊池、大谷に憧れて同校の門を叩いた選手は多い。現在、同校野球部のキャプテンを務める2年生の古城大翔もその一人だ。

古城にとって、大谷翔平は幼い頃から特別な存在だった。小学校低学年の頃からプレーを追い続けた。

「アニメや漫画の世界にしかいないような選手が、現実に存在していたと思いました」

野球少年にとって大谷がどれだけ衝撃的だったかを物語る言葉だ。

神奈川県出身で、元プロ野球選手の父・茂幸さんが佐々木監督と大学時代の同級生だった関係で同校に進学した。「野球だけでなく、人としての在り方や、その先の人生まで含めて学ぶものが多かった」と、高校での学びにより、自身の価値観が大きく変わったと語り、精神面の成長にも影響を与えたことを明かす。

1年生から4番に座り、2年連続で夏の甲子園を、今秋は東北大会で優勝し、明治神宮大会では準決勝進出を果たし、2年連続のセンバツ出場を確実にしている。

古城の魅力はフルスイングと勝負強さだ。緊迫した場面で結果を出すため、力強いスイングで勝負するスタイルを貫いてきた。また、現在、日本の高校野球では金属バットを使用しているが、古城は木製バットで打席に立つ。

「飛ばないと言われる中でも、自分の強みは思い切り振った時の打球の強さだと思っています」

振り切ることで最大限のパフォーマンスを引き出せると感じ、あえて難しい選択をしている。主軸として、そしてキャプテンとしてセンバツ、そして夏にも期待が大きいなか、冷静に自己分析をする。

「高校野球では、球種も球速などのデータがまったくわからない投手と対戦することが多いですが、相手投手のわずかな投球練習をしっかり集中して観察し、そこで結果を出せる打者になりたい。それがいい打者の条件だと思っています」

古城にとって「いい打者」の最高峰にいるのは、もちろん大谷で、「大谷さんのスイングの力強さは、常に意識しています」と話す。

憧れを原点に、古城は自分自身の打撃を磨き続けている。

学校から雪道を5分ほど走った場所に、野菜栽培などに使われるハウスがある。雪でグラウンドが使えなくなる冬の間、その2棟を練習場所としている。案内してくれた男子野球部の流石裕之部長は、「女子は男子といろいろ違うんですよ」と、ニコニコしながら教えてくれた。その言葉の意味は、車を降りた瞬間にすぐ分かった。

外まで漏れてくる明るい笑い声。ハウスの中に足を踏み入れると、選手たちは2つのグループに分かれ、打撃練習や守備練習に取り組んでいた。

雪に閉ざされる冬、グラウンドは使えない。だからこそチームは、限られたスペースの中で工夫を重ね、前向きな空気を切らすことなく練習を続けている。限られた空間にもかかわらず、活気は十分すぎるほどだった。

現在、女子野球部の監督を務める沼田尚志氏は、かつて一関学院高校で男子野球部の指揮を執っていた人物だ。2023年から同校で女子の指導を任されている。「女子はとにかく明るいんです。試合前にノックをしていても、楽しそうにプレーするから、こっちまで気分が乗ってくるんですよ」とこちらも笑顔で教えてくれた。

バント練習に取り組むグループは、限られた球数の中でいかに成功率を高めるかを意識しながら、打席に立っていた。マシーンから放たれたボールを、選手たちは器用に左右へ転がす。守備に回った選手たちはリレー形式でボールを回し、テンポよく次の一球につなげていく。

その中心に、ひときわ存在感を放つ打撃マシーンがある。正面には「大谷翔平寄贈」の文字。女子野球部が創設された際、大谷が女子野球の発展を願い、贈ったものだ。

女子野球部を持つ高校は、いま日本各地で少しずつ増えている。正確な数字は手元にないものの、女子野球人口の広がりに、大谷翔平という存在が少なからず影響を与えていることは確かだろう。

憧れの大谷翔平と同じユニフォームに袖を通すため、はるばる岩手までやって来た選手もいる。2年生の捕手・田中璃奈は、九州・熊本から花巻東に進学した。

「エンゼルス時代から大谷翔平選手を見ていて、技術面に憧れました。それ以上に、人間性がとても素晴らしいなと思い、花巻東を選びました」

チームキャプテンで神奈川出身の神山桃実は、進学を決めた理由についてこう語る。

「寮も完備されていて、環境がとてもいいと思いました。それにユニフォームがかっこよくて、やる気が出るし、自然と気持ちが入ります」

田中も「初めてユニフォームに袖を通したときは、とてもドキドキしました」と振り返る。

菊池雄星、そして大谷翔平も身にまとったユニフォーム。その重みは、選手たちにとって特別なものだ。

もちろん、メジャーリーガーの出身校という看板だけが進学理由のすべてではない。寮を備えた生活環境や、野球に打ち込める体制、学業第一への姿勢など、同校が持つ土台も大きな要因だろう。それでもなお、九州から「野球のために岩手へ」という決断を後押しする力が、大谷翔平という存在にあることは否定できない。その影響力の大きさは、やはり計り知れない。

九州から岩手へ、と驚いていると、来春には男子野球部にドイツやフランス、アメリカなど、国境を越えて花巻東を選ぶ選手もいるという。

練習と学校で忙しい彼らが、メジャーリーグの試合を見ることはほとんどない。就寝前のわずかな時間に携帯で結果や活躍をチェックする程度だろう。それでも、菊池や大谷の活躍は、彼らが「自分たちもやればできる」という確かな原動力になっている。そして、彼らは菊池、大谷が成し得なかった「日本一」を自分たちの手で掴みたいと思っている。

白い息を吐きながら、バットを振り続け、白球を追いかける。その一本一本に、憧れと覚悟が込められている。

菊池雄星、大谷翔平は世界最高峰の舞台を目指し、佐々木麟太郎は、大学進学という選択肢でアメリカに向かった。目指す場所はそれぞれ違っても、「より高いレベルへ挑む」という姿勢は共通している。

その背中を、今の高校生たちは確かに見ている。プレーだけでなく、生き方そのものを手本にしながら、彼らもまた次の一歩を踏み出そうとしている。