【ロッキーズ2-11ブルワーズ】ミルウォーキー/アメリカンファミリーフィールド、7月26日(日本時間27日)
マウンド上の異変に、クーパー・プラットが気づくまでに4イニングを要した。
しかし、ロッキーズの打者たちはその脅威を即座に悟ることとなった。
ジェイコブ・ミジオロウスキーはこの日も100マイル超えの剛速球を次々と投げ込み、打席に立った打者は一様になすすべなくベンチへと引き返していった。
「ふとスコアボードを見ると、全員が無安打だったんだ。『おいおい、あいつ全員から三振を奪ってるんじゃないか』って思ったよ」とプラットは振り返る。
その言葉通り、右腕はほぼ完璧な投球を続けていた。
ミジオロウスキーは、本拠地でのロッキーズ戦に先発し、5回で12三振を奪う圧巻の投球を披露した。1安打1失点、無四球、1死球という内容で、ミルウォーキーが3-1とリードした場面で降板。83球のうち59球がストライクだった。
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初回に投じた14球はすべてフォーシームで、5度の空振りを奪って3者連続三振。最も遅い球でも102.9マイル(約166キロ)を計測し、この回の最速は104.3マイル(約168キロ)に達した。
「(ミジオロウスキーが)ストライクゾーンの高めに制球したら、打ち崩すのは極めて困難だ。驚異的なエクステンションに加え、その球を操るコマンド、さらに質の高い変化球を織り交ぜるのだから、打者にとっては厄介な投手だ」とパット・マーフィー監督は評する。
二回にも3者連続三振を奪い、試合開始から6者連続三振。さらに三回先頭の打者も三振に仕留め、試合開始から7者連続三振というブルワーズの球団記録を樹立した。
ロッキーズがミジオロウスキーを相手に初めて打球をフェアゾーンへ飛ばしたのは、三回1死の場面。四回終了時点で、対戦した12人全員を打ち取り、そのうち11人から三振を奪った。試合の最初の4イニングで無安打のまま11三振を記録した投手は、少なくとも地区制が始まった1969年以降では初めてとなった。
ミジオロウスキーは、自身最大の武器を徹底的に使ってコロラド打線を攻めた。全83球のうち66球がフォーシームで、約80%を占めた。この日の試合前までの使用率は約63%だった。12三振のうち8個を103マイル(約166キロ)以上の球で奪い、投球計測が始まった2008年以降では単一試合最多となった。
ミジオロウスキーと捕手のゲイリー・サンチェスは、試合前からこのような投球プランを描いていたわけではなかった。しかし、試合が進むにつれ、それは必然の選択となっていった。
「ストライクゾーン高めの球に対する彼らの反応を見て、『よし、これで行こう』と決めたんだ。打たれるまでは、ね」とミジオロウスキーは振り返る。
4回までロッキーズ打線はまったく手も足も出せず、ようやく反撃したのは五回。コール・キャリッグが101.9マイル(約164キロ)の速球を逆方向へ運び、左翼フェンスをわずかに越える本塁打を放った。この一発により、先頭から14人を打ち取り、そのうち12人から三振を奪っていたミジオロウスキーの完全試合、ノーヒットノーラン、完封の可能性はすべて消滅した。
圧巻の投球を披露したミジオロウスキーだったが、その反応は驚くほど冷静だった。
「次の打者を抑えることしか考えていない」と、完全試合の予感について問われた右腕は答えた。「予想してないことは起こりうるし、そんなことを意識してはいられないよ」
ミジオロウスキーは続く打者に死球を与えたものの、次打者をゴロに打ち取り、さらなる失点は防いだ。4イニングでわずか53球だったが、五回だけで30球を要し、ブルペンではチャド・パトリックが準備を開始。球団としては、後半戦はミジオロウスキーの負担を慎重に管理していることもあり、パット・マーフィー監督は24歳右腕をここで降板させた。
「今日は感覚が良かった。下半身をしっかりと使えている感覚があったんだ。僕の球速の源は下半身にあるから、すべての歯車が噛み合えば、自然と球に力が伝わるようになる」とミジオロウスキーは手応えを口にする。
ミジオロウスキーが2桁三振を記録したのは今季9度目で、若いキャリアで通算11度目となった。ミルウォーキー打線は初回に3点を先制。ミジオロウスキーは圧倒的かつ歴史的な5イニングを投げ抜き、その序盤の援護を守り切った。