審判がスタンディングオベーションされることは滅多にない。しかし、ジェン・パウォルさんはそのうちの一人で、紛れもなくその称賛に値する。
2025年8月9日(日本時間10日)、ブレーブスとマーリンズの一戦で、MLB史上初となる女性審判としてデビュー。この日はダブルヘッダーが予定されており、第1試合で一塁塁審、第2試合では三塁塁審、そして10日(同11日)の試合で、球審を担当する予定となっている。
「実感が湧いたのは、試合前にクルー全員でフィールドを歩いたときですね。(クルーチーフの)クリス・グッチオーネと顔を見合わせて『これこそが私たちが目指してきたものだ!』と話しました。そのときに実感が込み上げてきましたし、試合終盤、九回の最後の投手チェックを終えて軽くハグをした時にも、改めて強く実感しました」とパウォルさんは語った。
2016年に現在のフロリダ・コンプレックス・リーグでキャリアをスタートさせ、10シーズンに渡りプロの審判として活躍してきたパウォルさんが審判を始めたのは1990年代初頭とのこと。友人からソフトボールの試合で審判をしないかと誘われたのがきっかけだ。自身も大学まで捕手として活躍していたこともあって、その誘いを断る理由はなかった。
2023年に34年ぶりに3Aで審判を務める女性に、同年のチャンピオンシップを任された初の女性審判となった。さらに2024年には、17年ぶりとなる春季トレーニングでの女性審判を務め、同年にはMLB審判コールアップリストにも名を連ねた。
そして、今年。原点から30年以上、1200試合以上を積み重ねて、ようやくMLBの舞台に辿り着いた。知らせを聞いたときには嬉しさを爆発させ「充電満タンのバッテリーのように準備できている気持ち」だったと語った。
9日の試合には家族と友人だけでなく、彼女の活動に共感する多くのサポーターが駆けつけ、その勇姿を見守った。現役のメジャーリーガーから、監督、審判、そして球界内外の女性など、数えきれないほどの賛同者がいる。
「本当に信じられません。夢が現実になり、まだその中にいるような気分です。まずはメジャーリーグとマイナーリーグのすべての審判に感謝します。球界の仲間からも多くのメッセージをもらいました。友人のソフトボール審判からもたくさんのメッセージを貰い、他競技ではNFLのレフェリーで親友のサラ・トーマスが、電話やメッセージをたくさんくれました。信じられない気持ち」
共にフィールドに立ったグッチオーネさんは、この瞬間を自身のキャリアの中で最も誇らしい出来事の一つだと語った。
「これは、私のキャリアの中で最も誇らしい瞬間の一つです。これまでプレーオフ、2度のワールドシリーズ、オールスターゲームを担当させてもらいましたが、この出来事はそれらと肩を並べるものです。どれだけ素晴らしいことか、今ようやく実感しています。私には娘がいるのですが、ジェンに会えることをとても喜んでいました。世の中の女性たちにとって素晴らしいロールモデルで、彼女は本当に努力家で、いつも明るく、何より素晴らしい人間です」
彼女の審判帽はアトランタを離れ、クーパーズタウンで野球殿堂博物館に展示される。まさに歴史的瞬間を作った彼女は、自分が後に続く少女たちの希望になれることを願っている。
「ぜひ挑戦してみてください。まず第一にやってみることです。そして、それに打ち込み、やり抜く粘り強さや根気を持ってください。これは長い道のりで、一晩で到達できるものでも、昇進一回で終わるものでもありません。やることは数え切れないほどあります。これをして、またあれをして、その繰り返しです。多くの人が途中で諦めてしまいます。だからこそ、最後までやり抜き、友達を作り、楽しんで、まずは挑戦してみてください」と、審判を目指す若い女性たちへのアドバイスをパウォルさんは語った。
そんな彼女の言葉にはただの喜びやうれしさだけではない、「史上初めて」であることへの責任と覚悟がうかがえる。その力強い意思こそが、前人未到の道を切り開く力となったのだ。