母の日を迎えるにあたり、メジャーリーグベースボールでは、世界中のあらゆる場所で多くの人々の人生を愛と共に支える母親たちに大きな感謝と敬意を表する。
野球界も、リトルリーグからメジャーリーグに至るまで、全てのカテゴリで母親たちへの感謝が広がっている。
ここでは、メジャーリーグにまつわる母の日のエピソードを紹介する。
10歳の時、プエルトリコでヤンキースタジアムを夢見た少年と背中を押した母の言葉
フェルナンド・クルーズはメジャー5年目、ヤンキースでの2年目を迎えている。しかし、母親がいなければ今の野球人生はなかった。
クルーズは当時の会話を鮮明に覚えている。2011年、ロイヤルズはクルーズを野手から投手へ転向させ、ルーキーリーグへ送った。右肩の痛みに苦しみ、涙を流しながら、アリゾナのホテルから実家へ電話をかけた。
「本当に苦しかった。泣いていたし、落ち込んでいた。『母さん、もうどうしていいか分からない。これが最後のチャンスなのにうまくいかない』って。肩も痛かった。そんな時、母はこう言ってくれた」とクルーズは振り返る。
『続けなさい。あなたがどれだけ野球を愛しているか知っている。小さい頃から、野球はあなたにとって特別だった。信じて続けなさい』
「苦しい時やネガティブになった時、いつもその言葉を思い出す。それがすべての原点になっている」
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どんな状況でも、母は“母”だった
マリナーズで長年、放送を担当しているアンジー・メンティンク氏は2月に脳卒中を発症した。しかし、その恐ろしい状況でも、母は子どもたちを安心させようとしていた。
症状が現れた時、自宅にいた家族は末っ子のチェイスだけだった。ソファで昼寝をしていた息子を起こすことをためらい、まずオンライン診療を試みた。しかし事態が深刻だと悟り、「ねえ、ちょっと助けが必要かもしれない」と声をかけた。
目を覚ましたチェイスはすぐに病院へ行くべきだと主張し、911通報を望んだが、最終的には車で救急外来へ連れて行った。
命に関わる状況でも、母親としての本能は“子どもを安心させること”だった。
「救急外来へ向かう車の中でも、ずっと冗談を言い合っていた。自分がちょっとからかうと、母も笑っていた。普通、脳卒中になった人がそんなことをするとは思えない。でも、自分を怖がらせないためだったんだと思う」とチェイスは語る。
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父だけじゃない、ワールドシリーズ出場経験を持つ母
ブライス・トゥラングの父ブライアンは、1990年代前半にマリナーズでプレーした元メジャーリーガーだ。しかし、運動能力は父親譲りだけではない。母キャリーはロングビーチ州立大学で、女子大学ワールドシリーズに出場していた。
キャリーはブライスと4人の姉妹を育てる“フルタイムの母親”であり”フルタイムの運転手”だった。全員がアスリートだったため、南カリフォルニア中を走り回り、子どもたちを練習へ送り届け続けた。
そして母自身も、ハイレベルな競技の厳しさを知っている。
「母は自分の現役時代についてあまり話さないけど、今でも大学時代の友人と交流しているし、OBイベントにも顔を出している。うちではスポーツはすごく大事だけど、それ以上に礼儀や生き方、善悪について教えてくれた」とブライスは語る。
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メジャー昇格には大喜び、でも39死球は話が別!
ホワイトソックスの外野手サム・アントナッチの母ニッキは、息子のメジャー昇格を誇りに思っている。しかしサムによれば、死球を受けるたびに「完全に取り乱す」という。
「ただ立ったまま当たりにいくとイラッとするの。避けなさいよ!ってね」とニッキは笑いながら語った。
「でも気持ちは分かる。私もスポーツをやっていたから、出塁したい気持ちは理解できる。でも、ケガしてほしくないのよ」と続けた。
「だって、いくつになっても私の子どもだから。それにデビュー戦でスライディンググローブ(走塁用手袋)をなくした時も怒ったわ。『どこ行ったのよ!』って。本人は『分からない』って言うし、『頼めば新しいのもらえるでしょ』って言ったの。去年は手をケガして4〜6週間くらい離脱したんだから、『今すぐ着けなさい!』ってね」
少し間を置いた後、ニッキは笑いながらこう付け加えた。
「確かに私は取り乱す母親なのかもね」
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実家のソファで母と聞いたメジャー昇格
カブスの二塁手ニコ・ホーナーは、2Aシーズン終了後、アリゾナ秋季リーグへ向かう前に自宅で休んでいた。その時、メジャー昇格の電話が来た。最初に報告したのは母だった。
ホーナーによれば、母ケイラ・ディールにとって野球の世界はまったく未知だった。ディールは作家で教育者であり、現在はカリフォルニア大学バークレー校で働いている。幼い頃から野球に夢中だったホーナーを支えるため、母は野球界のことを一から学んでいった。
「母がよく話すエピソードがある」とホーナーは笑いながら語った。
「自分が11歳か12歳くらいの時、キャンプ旅行に行こうって誘われたんだけど、『いや、大会がある』って答えたんだ。すると母が『また大会があるの?』って言ったから、自分はこう返した。『母さん、僕これ本当に得意なんだよ』ってね」
ホーナーは笑いながら続けた。
「母は、『僕はこれで生きていくんだ』って宣言していたみたいだった、って話すんだ。母は本当に多くの時間を犠牲にしてくれた。冗談で『楽器も弾けないし、バイリンガルにも育てられなかったから母親失格ね』なんて言うけどね」
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自宅の芝刈り機からグレートアメリカンボールパークへ
アンドリュー・アボットがメジャー昇格を告げられた時、最初に電話した相手は両親だった。しかし、母ジャネットはちょうど庭の芝刈りをしていたため、なかなか電話に出ず、何度もかけ直したという。そして今、その母はグレートアメリカンボールパークでレッズの一員としてマウンドへ立つ息子を見守ることになる。
「最初の電話には出てもらえなかった。南部ではよくある話だけど、母は芝を刈っていたんだ。何度も電話したよ。3回目か4回目くらいだったかな」とアボットは振り返った。
ようやくつながると、喜びが一気にあふれ出した。
「母は大喜びだった」と、昨季初めてオールスターに選ばれたアボットは語る。
「でもすぐに『チケットはどうするの?どうやって行けばいいの?あと2日しかない!』ってパニックになったんだ。その後、『落ち着こう。なんとかなる。周りの人が助けてくれる』ってね」
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昇格の瞬間を共に喜んだ母へ、初セーブ球をプレゼント
レイズのリリーフ右腕イアン・シーモアは、6日にメジャー初セーブを記録。その記念球は、メジャー昇格の知らせを受けた瞬間に一緒にいた母エイミーに渡すと決めていた。しかも、その後のレイズの行き先はシーモアの地元であるボストン。まさに完璧なタイミングだった。
「まさに地元での出来事なんだ。これ以上のシナリオは描けないよ。こんなことが起こる確率なんて、本当に低かったと思う。すごく感謝しているし、一生忘れない出来事になる」とシーモアは語った。
野球界に“悪い昇格ストーリー”など存在しない。メジャー昇格は、すべての選手にとって長年の夢の実現であり、それは本人だけでなく、支えてきた家族、友人、コーチ、ファンすべての夢でもある。
ただ、シーモアの物語は特別だった。なぜなら彼は、母エイミーと文字通り“メジャーへの旅”を共にしていたからだ。
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