ダルビッシュの定義で「衰え」とは、「体が硬くなり、動かしにくくなる」こと。つまり、関節の可動域が狭くなることで、動きそのものや動かし方にエラーが出てしまう。動きたいように動けない、と言い換えていいかもしれない。それは動くスピードもしかり、動かすことのできる幅もしかり。2歳差の後輩が苦しむ様子も十分、理解できる。ダルビッシュ自身も経験してきたことだから、だ。
その2人は、春季キャンプのころに連絡を取り合った。
「スプリング・トレーニングの時は体がうまいこと動いていない、自分(ダルビッシュ)が言うだんだん動きが遅くなってくる、というのと一緒で、そこで体が動きづらいのかな、という感じがしました」
ダルビッシュは、不定期で日本選手たちの映像をチェックしている。試合映像などすべてをみている、というわけではないが、日本の後輩たちをいつも気にかけている。
「最近はすごくいい。(動きの)まとまりもすごくあるし、力も感じる。相当、数カ月、練習をしっかりしていたんだな、という感じがしますね。すごくアジャストしている」
ダルビッシュは年齢を重ねると同時にパフォーマンスを維持するための工夫と努力をしてきた。「衰え」に向き合い、そして抗(あらが)い、メジャーのトップを走り続けている。だからこそ、田中が今、突きつけられている困難も親身になって理解できる。
近年の日本球界をリードしてきた2大エース。パ・リーグで切磋琢磨し、田中がプロ1年目の2008年の北京五輪、2009年の第2回WBC(ワールドベースボールクラシック)では、日の丸を背負い、チームメートだった。
2009年、第2回のWBC(ワールドベースボールクラシック)で連覇した侍ジャパンは、ロサンゼルスのホテルで優勝記者会見をした。そのとき20歳の田中は「次は(背番号)18番をつけられるように頑張ります」と当時、日本のエースだった松坂大輔(レッドソックス)に公の場で挑戦状をたたきつけた(ちなみに田中は背番号15)。しかし、田中本人は、気まずそうに、そして恥ずかしそうに下を向いた。なぜか。
会見場を出るとき、田中は「ダルさんに言わされたんですよ!」と必死に訴えていた。ダルビッシュが、将来日本のエースになるべき右腕の背中を押した、ということだろうか。あるいは“そそのかした”という方が正しいだろうか。
いずれにしても2人の関係性と仲の良さ、強い絆は今も続いている。
田中は、9月21日の中日戦(バンテリンドーム、午後1時30分開始)で先発し、節目の大台を目指す。日米の時差はあるが、ダルビッシュは同日の米国時間20日(日本時間21日午前8時10分開始)にホワイトソックス戦(シカゴ)で今季5勝目、日米通算207勝を懸けて登板する。先輩は昨季、5月19日(同20日)のブレーブス戦(アトランタ)で日米通算200勝を一足先に達成している。
日本を代表するエース右腕の2人。“同日勝利”を達成すれば、お互いへのエールと祝福になることだろう。
