最年少監督ビュテラ、就任会見に生後2週間の長女と出席

父親と監督になった激動の数週間

November 17th, 2025

ブレイク・ビュテラは17日、ナショナルズパークの会見室の壇上に座り、家族で埋め尽くされた最前列2列を見渡した。彼と妻の親族の中には、小さなナショナルズのユニフォームにくるまれた、生まれたばかりの娘もいた。ビュテラがメジャーリーグの監督となったその日、彼は父親というさらに大きな役割にも就いた。

「仕事のオファーをもらったのは娘の誕生前で、契約書にサインしたのはその後でした。だから、まずは父親として、ですね」と、慌ただしい出来事の順序をビュテラは振り返った。

ビュテラと妻のキャロライン・マーゴリスは、10月30日にブレア・マーゴー・ビュテラを迎えた。そのわずか数週間後、義理の両親の助けもあり、家族はノースカロライナ州ローリーからワシントンD.C.へ移動し、ビュテラはナショナルズの監督として紹介された。

「言葉では言い表せないです」とビュテラは語った。

「ブレアを会見に連れていくべきか、話し合ったんです。まだ生後2週間で、免疫も強くないですから。でも妻は『連れて行かなきゃダメ、連れて行かなきゃダメ』と強く言い張りました。妻の両親がわざわざ車で送迎してくれて、ここに来ることができました。娘は何も覚えていないでしょうが、いつか見せられる写真が少なくとも残りますからね」

33歳のビュテラは、人生の中でも最大級の出来事を、凝縮された慌ただしい期間の中で経験した。彼は、1972年にフランク・キリシが33歳27日でツインズを率いて以来、メジャーリーグで最も若い監督となった。

「一番のアドバイスは『自分らしくあれ』というものでした。結局のところ、選手と話したり、一緒に仕事をしたりするとき、相手の年齢なんてほとんど気にしていないはずです。重要なのは、私が彼らをまず一人の人間として大切にしているかどうか、そしてフィールド内外で最高の自分になれるよう全力で支えられるかどうかです。それは年齢や経験が違っても成し遂げられることだと思います」

ビュテラは直近ではレイズの選手育成上級ディレクターを務めており、2023年10月に昇進した。レイズのファームディレクターとして、選手育成全体のプロセスを統括していた。

ビュテラは、レイズで選手およびスタッフとして10年間を過ごした後、ナショナルズに加わった。ボストンカレッジからタンパベイにドラフト35巡目で指名され、レイズのマイナーで約2シーズンプレーし、その後傘下チームのコーチングスタッフに加わった。

2018年、25歳のときにマイナーリーグ史上最年少監督となった。その後、1Aチャールストンを率いて2021年と2022年のカロライナリーグ年間最優秀監督賞を受賞した。

「コーチング、そしてMLBに入ると、メジャーリーグの監督というのは、現場スタッフにとって究極の目標だと思います」とビュテラは語った。

「責任が大きく、やるべきことが多いのは理解しています。でも最終的には、キャリアを通じて目指してきたものだと感じるんです。”何かの準備が完全に整う”という瞬間が来るのかどうかは分かりません。ただ、これまでのさまざまな経験と背景を踏まえて、この機会に臨む準備は十分できていると思っています」

ビュテラは、ナショナルズ(2005年〜)の球団史で8人目の監督となる。監督の外部招聘は、2017年10月のデーブ・マルティネス以来初めてとなる。マルティネスは前GMのマイク・リゾとともに7月に解任された。ビュテラはマイケル・ジョンズをベンチコーチに、サイモン・マシューズを投手コーチに指名した。ショーン・ドゥーリトルも役職未定ながらコーチングスタッフに復帰する予定である。

「新監督を探すにあたって、優れた、意欲ある人物であるだけでなく、さらに素晴らしい人間性を持つ人物を選ぶことが目標でした」と野球部門社長のポール・トボーニは語った。

「われわれの価値観と合致し、組織の目標に合う経験を持った人物を求めていました。人がチームを勝たせるのだと私は強く信じていますし、ブレイクの人間性と野球界のあらゆる人々とつながる能力は他に並ぶ者がいません」

17日の午後、ナショナルズパークでビュテラは、メジャーリーグの監督として握手や会見、写真撮影に応じながら、一方で父親として家族と特別な時間を噛み締めていた。

「娘には、君が一番だった、あの日の一番大切な存在だった、と伝えたいです」とビュテラは語った。

「妻にとっては初めての出産で、長い陣痛でした。その最中、病院のベッドに横たわりながらこの仕事の話をしてくれていた。まさに目まぐるしい一日でした。でも、それが彼女なんです。妻がそういう人であり、ブレアもきっとそういう人になるでしょう。何よりもまずお互いを思いやる、そういう家族です」