レッドソックスとのワイルドカードシリーズ(WCS=3回戦制)の第3戦、ヤンキースは「勝てばシリーズ突破、負ければシーズン終了」の大一番を新人右腕キャム・シュリットラーに託した。
メジャーでわずか14登板の経験しかない24歳は、レッドソックス打線を8回無失点、12三振、無四球に抑えた。「勝てばシリーズ突破、負ければシーズン終了」の試合でこの日のシュリットラーより多くの三振を奪った投手はいない。まさに歴史的快投だった。
シュリットラーの“アンコール”はブルージェイズとの地区シリーズ(ALDS=5回戦制)第4戦で行われる予定だ。もっともヤンキースは第2戦を終えた時点で2敗と王手をかけられ、第3戦に勝利しなければシュリットラーに登板の機会はない。ただ、仮に第4戦が行われれば、シュリットラーは再び敗退の危機に瀕したチームを救うチャンスがある。
シュリットラーの圧倒的なパフォーマンスの秘密は直球にある。レッドソックス戦では、107球のうち、96球(89.7%)が3種類の直球:フォーシーム、シンカー、カットボールで占められた。ピッチトラッキングシステムが導入された2008年以降、ポストシーズンの登板(50球以上)で、先発投手がこれ以上の割合で直球を投じたのは過去にわずか11例しかない。このリストに2度登場するのは、直球一本槍で知られたランス・リンのみ。そして、直近では2022年ALDSのカル・クオントリル(ヤンキースとの第1戦)だ。
しかし、シュリットラーの直球偏重のスタイルは、近年のMLBの傾向に真っ向から反している。今季は2008年以降、どのシーズンより直球の投球数が少ないシーズンで、ポストシーズンを見ても、直球の使用割合は2019年以来の低水準となっている。
それでも、シュリットラーは96球の直球とわずか11球のカーブで、歴史に名を刻む投球を披露した。そしてレギュラーシーズンを通しても、右打者に対して88%、左打者に対しても79%の割合で直球を投げている。
「4種類の球種を混ぜているだけだが、すごく上手くいっている」と、シュリットラーは語る。
直球を投げる割合が減っている現代で、なぜシュリットラーは成功できているのか。その秘密はシュリットラーがフォーシーム、シンカー、カットボールという3種類の直球を投げ分けている点にある。
これはシュリットラーに限った話ではない。「MLB.com」のデービッド・アドラーが指摘したように、3種類の直球を投げる先発投手が増えている。昨季のサイ・ヤング賞投手タリック・スクーバル(タイガース)も2種類の直球を投げ分け、この潮流を今季の投手界における「最大の変化」と評した。
投手が3つの球種を、似たような球速で、かつ異なる変化で投げれば、打者はバットの軌道をボールに合わせるのが難しい。それが複数の直球を投げ分けるメリットだ。
打者は変化球を判別するときのように、回転をヒントにすることができない。直球同士であれば回転の違いを感知する要素が少なく、さらに判別が難しくなる。
下の画像は、シュリットラーが投げる球種の回転の分析を示している。左は投手の手を離れた直後の回転による変化を、右は打者の手元で観測された回転による変化を表している。
フォーシーム(赤)とシンカー(オレンジ)は、シュリットラーがリリースした瞬間は同じ回転をしているように見えるが、打席に到達する頃には異なる変化をしている。ややカット気味に動くフォーシームより、シンカーは右打者方向に食い込む変化が大きい。一方で、カットボール(茶)は逆の左打者方向に変化する。これも打席に到達するまでに回転が変わっており、10時45分の回転方向で投じられ、打席に到達する頃には9時45分の回転方向に倒れる。
もう1つの武器は球速だ。シュリットラーのフォーシームは平均98マイル(約157.7キロ)で、これはハンター・グリーン(レッズ)、ジェイコブ・ミジオロウスキー(ブルワーズ)、そしてポール・スキーンズ(パイレーツ)といったMLB屈指の剛腕たちに次ぐ速度だ。シンカーも平均97.5マイル(約156.9キロ)、カットボールも91.9マイル(約147.9キロ)をマーク。とにかく速い。
つまり、シュリットラーの3種類の直球は回転から判別することが難しいだけではなく、球速が速いため打者は判別するための時間が短いのだ。
これを打つのはどれほど難しいのか。2種の直球を投げ分けるマイケル・キング(パドレス)は、ヤンキース時代に同僚だったDJ・ルメーヒューにこう言われたという。
「95マイル以上で変化が異なる直球を2種類も投げたら、打者がバットの軌道を球に合わせるのは不可能だ」
なお、シュリットラーは、95マイルではなく98マイル以上でそれらを投じる。
しかし、シュリットラーは常にこの投球スタイルだったわけではない、2023年、1Aにいたシュリットラーの平均球速はわずか90マイル(約144.8キロ)。レッドソックス戦では98マイル以上のボールを史上最多の64球投げた投手と、とても同じ人物とは思えない。
ヤンキースが2022年にドラフト7巡目でシュリットラーを指名した際、球団は身長198センチのシュリットラーに9キロ増量するように指示した。これは簡単ではなかった。食生活を見直し、ウエイトトレーニングに励み、球団の健康・パフォーマンス担当ディレクターであるエリック・クレッシーに積極的に相談した。また、直球の変化量向上のため、新しい握り方に変更した(その工夫も球速向上に一役買った)。
この努力が今のシュリットラーの“魔球”を生み出した。レギュラーシーズン中、シュリットラーのフォーシームは被打率.176、空振り(/スイング)率は148人の先発投手の中で11番目の27.7%だった。長身のおかげで、平均リリース位置はほぼ全ての投手よりも高い6.39フィート(194.7センチ)から直球を投げ下ろすことができる。
レッドソックス戦ではフォーシームで空振り11度(全26スイング)を奪い、シンカーは自己最多の25球を投じ、カットボールでは4度の凡打を誘った。まさに3種類の直球のコンビネーションが本領を発揮した。
「素晴らしい投球だった。衝撃的だった」と、レッドソックスのアレックス・コーラ監督でさえ、手放しで称賛するほどだった。
ALDSで対するブルージェイズにも好投できるだろうか。レッドソックスとはレギュラーシーズン中に対戦がなかったが、ブルージェイズとは既に2度対戦している。1度目の7月の先発では好投したが、9月の先発では打ち込まれた。シュリットラーは9月の登板時に、ブルージェイズ打線に球種の“クセ”がバレていたと考えている。
クセの問題を抜きにしても、ブルージェイズ打線は手強い。シュリットラーの武器である球速を、ブルージェイズ打線は苦にしないのだ。98マイル以上のボールに対し、ブルージェイズ打線のwOBA(攻撃力を測る指標)は.296でMLB10位をマークしている。レッドソックス打線は同25位と98マイル以上のボールに弱かったことを考えれば、一筋縄ではいかないだろう。
そして、ブルージェイズ打線はシュリットラーが多用する「高めの直球」にも強い。95マイル以上で高めのゾーンに投じられたボールに対するwOBAは、MLBトップの.323(レッドソックスはワースト7位)。ポストシーズンで好調のアレハンドロ・カーク(長打率.813)とブラディミール・ゲレーロJr.(長打率.667)は特に高めの直球に強い。
不利なデータが揃っているとはいえ、好勝負になることは間違いない。そして、24歳の若武者に恐れはないはずだ。ヤンキースが第3戦に勝利して延命することができれば、シュリットラーは3種類の直球を投げ分け、自分の投球がどこまで通用するかを試すことになる。
