マサチューセッツ州にあるケープコッド・リーグは、小さな野球の楽園

July 24th, 2026

この記事は当初、2021年に掲載された。

夏の夜にケープコッド(アメリカ合衆国北東部、マサチューセッツ州の南東部から大西洋に向かって突き出た半島)の高校の野球場を訪れると、別世界に足を踏み入れたことに気づく。車を駐車してゲートへ向かうと、気さくな年配者や高校生のボランティアが入場を案内する。入場料はたいてい無料だ。

場内には満員の観客席があり、小さな売店がハンバーガーやホットドッグを焼いている。ピクニック用の敷物やビーチチェアが周囲を囲み、幼い子供たちが無邪気に走り回って遊んでいる。

夏にケープコッド・ベースボール・リーグ(CCBL)の試合を観戦した人や、フレディ・プリンゼ・ジュニア主演の映画『サマー・キャッチ』を見た人にとって、これは目新しい情報ではない。

しかし、現地を訪れたことがなく、有望株やドラフト指名選手を輩出するリーグとして名前を聞いたことがあるだけの人や、ケープコッドを新鮮なロブスターや海風を楽しむだけの場所だと思っている人にとって、この光景は驚きに値する。ニューイングランド屈指の避暑地であるこの地域には、車で約1時間半の範囲内に10チームが点在する。

まさに野球の楽園だ。

ケープコッドにおける最古の試合記録は1860年代までさかのぼり、その後、セミプロ球団やタウンボール・チーム(地元住民で構成されたチーム)の拠点となった。各チームにはタウニーズ、クラウターズ、カナルメンの名が付けられ、ベンチ入りメンバーは実際のケープコッドの住民で構成されていた。1963年にNCAA(全米大学体育協会)がリーグを公式に認可し、各球団が全米から優秀な大学生選手を勧誘できるようになり、状況が一変した。

それ以降、最も有名で成功したサマーリーグへと成長したが、当初からそうだったわけではない。かつてはアラスカのリーグが頂点だった。しかし、MLBパイプラインの有望株専門家であるジム・カリス氏によると、3つの要素がケープコッドの歩みを変えた。第1に、アラスカのリーグ内で内紛が起き、チームとリーグが築いていた強固な基盤が分裂した。

次に、ルールの変更があった。ケープコッド・リーグは木製バットの使用に切り替えた。カリス氏は「それが決定的な違いを生んだ」と指摘した。

大学生選手が金属バットを使用している環境下では、スカウト陣は打者がプロへ転向した際にどのようなパフォーマンスを発揮するかを正確に把握できるとは限らなかった。その理由は、金属バットは折れることがなく、スイートスポットが広いことにある。

Art by Tom Forget / MLB.com

カリス氏は2つを比較して「全く異なる打撃体験になる」と指摘した。

「ケープコッドでの結果が最も重要になる。春に不振だった選手がケープコッドで活躍し、それが人々の記憶に残るケースがある」

そしてもちろん、立地条件がある。

カリス氏は「なんと言ってもケープコッドだ」と笑って口にした。

「人々は野球とは別に、休暇を過ごすためにケープコッドを訪れる」

この環境が機能している。数千人の選手がケープコッドで夏を過ごした後、メジャーリーグのユニホームを着た。ここには殿堂入り選手のフランク・トーマス(58)、ジェフ・バグウェル(58)や、元スター選手のノマー・ガルシアパーラ(53)、サーマン・マンソン(故人)、バリー・ジト(48)、ジェイソン・バリテック(54)らが含まれる。

アーロン・ジャッジ(34)、ピート・アロンソ(31)、クリス・セール(37)、ジョージ・スプリンガー(36)ら現役のスター選手は全員、初期の入植者が食料や物資を物々交換した方法を示す古い言葉であるコトゥイット・ケトリアーズのような名前を持つチームのユニホームを着用した。ヤーマスデニス・レッドソックスやウェアハム・ゲートメンも存在する。(ウェアハムは実際にはケープコッド内ではなく、すぐ手前に位置する。それゆえにケープコッドへの門となっている)

Ryan Bliss, picked 42nd overall by the D-backs in 2021, played with the Brewster Whitecaps in 2019. (Photo courtesy Cape Cod Baseball League)

2019年から23年にかけてCCBLのコミッショナーを務めたエリック・ズムダ氏は「ここの若手選手たちはトップクラス中のトップクラスであり、大学でもそうした雰囲気を持っている」と口にした。

「しかし、ここに来ると、ほぼ毎日、エース級の先発投手と対戦する。相手打線も、1番から9番までほぼ全員が最高の打者だ。この課題こそ、選手と指導者が求めていること。なぜなら、そうして次のステップへの準備を整えるからだ」

「最高のサマーリーグだ。他にも優れたリーグはあるが、やはり(ケープコッドが)最高だ」とカリス氏は言葉を足した。

「選手がスカウトに尋ねたとしても、ケープコッドへ行くことを勧めるだろう」

全チームが密集しているため、選手は夜にバスに揺られて帰宅するのではなく、自分のベッドで眠ることができる。スカウト陣も時間を最大限に活用し、一晩で複数の試合を観戦できる。さらに、夜が終わる前に新鮮なロブスターロールやアイスクリームを味わう時間も確保できる。

「ブルースター、コトゥイット、(ヤーマスデニスには)ナイター設備がない。そして、あえてそれを望んでいるため、今後も設置されない球場があると思う」とズムダ氏は説明した。

「だから午後4時か5時の間に試合を開始する。他のチームは6時から7時の間に開始する。スカウト陣が計画を立てていれば、5時にブルースターへ行き、その後7時に試合が始まるチャタムやオーリンズへ移動し、1日で2試合か3試合をまるごと観戦できる」

しかし、もしリーグがそれだけにとどまるなら、単に素晴らしい野球選手を見るだけの場所であるなら、それほど特別なものにはならない。有望株なら、全米各地の他のサマーリーグやショーケース、マイナーリーグの球場でも見ることができる。

いや、ケープコッド・ベースボール・リーグを非常に独自で魅力的なものにしている要因は、地域社会の存在にある。これは、リーグ関係者全員から繰り返し聞かれる言葉だ。CCBLはMLBからの助成金を含む補助金や企業のスポンサーシップによって資金提供を受けているが、リーグ内で給与を得ている者は1人もいない。指導者やトレーナーは支給金を受け取るが、会長から下働きに至るまで、1ダイム(約15円)の金銭もやり取りされない。すべては野球への愛のために行われている。

2019年から24年にかけて広報部長を務めたベン・ブリンク氏は「リーグはボランティアや地域の人々によって運営されており、会った中で最も献身的なボランティアだ」と説明した。

「どのように測定するかは分からないが、たぶん世界で最も献身的なボランティアだと思う。そして数百人、あるいは数千人が本当に団結し、非常にうまく運営されているリーグで素晴らしい体験を提供している」

人々は1度参加すると、その場に定着する。CCBL殿堂入りしているチャック・スターテバントは、1987年にファルマス・コモドアーズの球団社長としてスタートし、社長としての期間を含め36年を経た2022年に引退した。ビル・ブシエールは1990年代にハイアニスで活動を始め、リーグでさまざまな役職を歴任した後、2021年に引退した。そしてジェフ・トランディ(故人)は、CCBL殿堂入りに選出された1カ月後の2024年12月に亡くなるまで、30年間(コモドアーズで26年間)リーグで指導者として活動した。

中止となった2020年シーズンに言及し、トランディ氏は2021年に「決して軽々しく言っているわけでも、ありふれた表現を使おうとしているわけでもないが、それが昨夏の期間に恋しかったことだ。全員に会えなくて寂しかった」と振り返った。「若者たちが笑顔で、この雰囲気と環境の中で野球をしている姿を見られなくて寂しかった」とコロナ禍の中止を悔やんだ。

選手とスタッフ全員がワクチン接種を受け、再びプレーできるようになったことで、トランディ氏はグラウンドに戻り、若者たちが夢を追う手助けができることをうれしく感じていた。

トランディ氏は「この若者たちは明らかに非常に才能がある」と口にした。「そうでなければリーグにはいないだろう。しかし、だからといって、歩みを手助けできないわけではない。それこそ間違いなく、私たちの望むことだ。私たちの組織全体が、そしてたぶんケープコッド全体でも、若者たちが実力を発揮する機会を提供するために、1年を通して全員が懸命に取り組んでいる」とリーグへの愛情を語った。

Cody Morissette, taken 52nd overall by the Marlins in 2021, with the Bourne Braves in 2019. (Photo courtesy the Cape Cod Baseball League)

選手もまた、この小さな世界の一部となる。町で仕事を与えられ、チームの夏季野球教室で働くか、地元の商店や企業で働く。元メジャーリーグ監督のバック・ショーウォルター(70)は、午前5時30分起床の軽食料理人になる前、ハイアニスポートのケネディ・コンパウンドでペンキ塗りをしていた。バリテックはユニホームを洗い、クラブハウスを掃除しなければならなかった。元投手で現在はメッツの試合を中継するSNYのアナリストを務めるロン・ダーリング(65)は学校の用務員だった。

「自分の仕事は教室の机をすべて脇に移動させ、もう1人が床を磨いている間、その机の上で横になって寝ることだった」とダーリングは2002年にCCBL殿堂入りを果たした際に振り返った。「その後、その人物が自分を起こし、自分が机をすべて元に戻した」と工当時を振り返る。

選手は全員ケープコッドに住むホストファミリーと同居し、その過程で家族の一員となる。ファルマス生まれ、ファルマス育ちのズムダ氏は、2010年にホストファミリーになった際に初めてリーグに関わった。現在は3人の選手が自宅に滞在しており、到着した最初の日からすでに「家族の絆」の一部だったと認めた。

「私たちが最初に受け入れた選手は、1週間の臨時選手だった」とズムダ氏は説明した。

「そして最初の1週間が終わった後、その選手は父の日に去っていった。『なぜ帰るのか』という感じだった。理由は、臨時選手であり、正規の選手が町にやって来たからだ。築かれるつながりは非常に早く、強烈だ。素晴らしいことだ。最高の始まりであり、同時に辛い経験だった。選手たちにはここにいる理由があるが、グラウンドを離れれば、本当に家族の一部になる」

「ホストファミリーの殿堂を設けるべきだ」とガルシアパーラはケープコッドでの殿堂入り式典で提言した。

「自分のホストファミリー(イーストハムのアンドルロト一家)を間違いなく殿堂入りさせる」

Matt McLain, right, with the Wareham Gatemen. He was selected 17th overall by the Reds in 2021. (Photo courtesy the Cape Cod Baseball League)

そしてもちろん、試合がある。そこには球界の最高かつ最も才能豊かな若手選手たちと、映画『フィールド・オブ・ドリームス』のレイ・キンセラが家庭的と呼ぶような雰囲気が融合している。すべての球場は公共の公園や高校にある公共施設だ。遠征日に出かけると、その地域の他の少年チームがグラウンドで練習や試合をしているのを見かけるかもしれない。

「まず何よりも、すべての球場に独自の雰囲気がある」とズムダ氏は説明した。

「コトゥイットは18エーカーの保護地に囲まれた素晴らしい球場だ。ダウンタウンのメインストリートにあるチャタムは、人々が歩いて試合に向かう美しい地域だ。ファルマスもダウンタウンにある点は非常に似ているが、車社会の色合いが強いため、人々は港の近くや、球場の目の前にあるレクリエーションセンターに駐車する。家族連れはそこから次々と歩いてくる。ウェアハムは、大きなフットボール場の中にあり、リーグで唯一の土の内野を備えているという点で独自性を持つ。そのため、打撃や守備を行うエリアが非常に広い」

(これらすべてを語りながら、ズムダ氏はヤーマスデニスの売店で提供されるドーナツ・チーズバーガーには言及しなかった)

これらすべてが、ズムダ氏が別の表現を借りて呼ぶ「アメリカの古き良き風景の一部」を作り上げている。寄付の要請以外に料金はかからず、家族連れはビーチチェアや毛布を持参し、最高の見晴らしを確保できる。

「1度行けば、そこにとどまるだろう。抗えない魅力がある」とブリンク氏は口にした

。「ケープコッド・リーグの試合に行って後悔したと言う人は1人もいない。外を見渡せば、風に揺れるヨットがあり、湿地帯が広がる。そこに美しい野球場があり、100マイル(約161キロ)の球を投げる投手がいて、チケットは無料だ」

リーグはこの雰囲気を維持することに尽力しているが、未来やテクノロジーの重要性を無視しているわけではない。トラックマンは数年前に全球場へ設置され、バットに取り付けてスイングスピードを測定する機器をはじめとする新しいテクノロジーが毎年追加されている。

「これはすべてのスカウト部門にとって非常に重要な検討事項となる」とズムダ氏は指摘した。

「スカウト陣は選手に関する情報をできる限り多く確認し、同時に生のプレーも見たいと考えている」

Adrian Del Castillo with the Wareham Gatemen. He was selected 67th overall by the D-backs in 2021. (Photo courtesy the Cape Cod Baseball League)

最終的に友情、ファンの体験、地域社会とのつながりはすべて、大学生を選手としても人間としても成長させる手助けとなる。ズムダ氏はこうした理由から、毎年新しい選手を受け入れた。そして、トランディ氏が最も真剣に取り組んだ事柄もこれに当てはまる。

トランディ氏は指導した選手の多くと連絡を取り合っており、選手が立ち寄って挨拶をしたり、メッセージを送ってきたりすると常にうれしく感じている。特定の選手について話すことは嫌がる。誰の感情も傷つけたくないと考えており、重要な要素はメジャーリーグに昇格したかどうかではなく、その夏が選手の人生に与えた影響だと分かっているからだ。

最終的にトランディ氏は最近の例を1つ挙げ、現在のツインズの外野手であるトレバー・ラーナック(29)に注目した。ラーナックはファルマスにおいてトランディ氏の下で2シーズンプレーし、シーズン終了後もホストファミリーと時間を過ごしてケープコッドを満喫するため、さらに1日滞在した。

トランディ氏はファルマスのグラウンドで最後にラーナックの姿を見たことを覚えている。

「私が見ていたことに気づいていたとは思わない」とトランディ氏は振り返った。

「しかし、全員が去った後、グラウンドを見渡すとゴーストタウンのように見えた。そして、トレバー(ラーナック)が本塁に立ち、中堅方向を見つめていた。たぶん4、5分はそこに立っていた。記憶を忘れないよう、すべてを目に焼き付けていた」