殿堂入りのCCサバシアがヤンキースで永久欠番に

12:37 AM UTC

ニューヨーク・ヤンキースは25日(日本時間26日)、CCサバシアの背番号52を永久欠番とし、モニュメントパークに顕彰プレートを設置すると発表した。式典は9月26日(日本時間27日)のオリオールズ戦前に行われる。チケットはこちらから。

2025年に全米野球殿堂入りを果たしたサバシアは、ヤンキースで背番号が永久欠番となる24人目の選手または監督となる。直近では、2022年8月21日にポール・オニールの背番号21が永久欠番となった。

現役時代のチームメートで永久欠番となっているのは、デレク・ジーター(2)、アンディ・ペティット(46)、ホルヘ・ポサダ(20)、マリアノ・リベラ(42)。なお、ヤンキースで永久欠番となった背番号は今回で23番目であり、背番号8は1972年7月22日に捕手ビル・ディッキーとヨギ・ベラの両名のために永久欠番となっている。

「新球場や大型補強、クラブハウスのケミストリーなど、いろいろなプレッシャーを皆が感じていたと思う。確かに重圧はあったが、あのチームは本当に素晴らしく、結束も強かった。正直なところ、それが大きな原動力だった」とサバシアは振り返っている。

サバシアは2009年シーズン前に7年総額1億6100万ドル(2026年のレートで約251億750万円)の契約を結んだ。当時、フリーエージェント投手としては史上最高額の契約だった。

その年は34試合に先発し、19勝8敗、防御率3.37を記録。ポストシーズンでは5試合に先発してチームは4勝1敗。エンゼルスとのア・リーグ優勝決定シリーズ(6試合)では2勝0敗、防御率1.13の活躍でMVPに輝いた。

しかし、その影響力はフィールド内にとどまらなかった。当時のヤンキースにはベテランが揃っていたが、チームを一つにまとめる“つなぎ役”が必要だった。その役割を担ったのがサバシアであり、チームバーベキューやNBA観戦の企画などを通じて、クラブハウスの結束を強めた。

「彼ほどの存在感を持つ選手があれだけ利他的な行動をすれば、その姿勢はクラブハウスの隅々にまで波及するものだ。CCはさまざまな面で、この組織にとって違いを生む存在だった」とヤンキースのブライアン・キャッシュマンGMは語った。

サバシアは2010年から2012年にかけて活躍を続け、3年連続でオールスターに選出された。その後は好不調の波や負傷に苦しみ、2014年7月には右膝の手術でシーズンを終えた。

30代半ばからかけて球速が落ち始めると、サバシアはアンディ・ペティットに助言を求めた。ペティットも晩年にスタイルを転換し、カットボールを武器に制球重視のスタイルへと舵を切っていた。

復活を遂げたサバシアは2017年に14勝5敗、防御率3.69を記録。ヤンキースはワールドシリーズまであと1勝に迫った。

「CCを他と分ける最大の要素はメンタリティだ。とにかく執念深かった。時に自分の体を顧みないほどの闘志を持ち、どんな時でもマウンドに上がりたがった。真の戦士だった。ああいう気質は本当に珍しい」とペティットは語った。

サバシアの闘争心と仲間思いな面を象徴するエピソードとしてよく語られるのが、2018年シーズン最終登板での退場劇だ。試合中にチームメートのオースティン・ロマインが危険な球を投げられたことに対し、レイズのヘスス・スークレに死球を与え、退場処分となった。

50万ドル(約7500万円)の出来高ボーナスまであと6アウトという状況だったが、サバシアは意図を隠さなかった。「自分にとっては、仲間を守ることの方が大事だった」と語っている(ヤンキースは後にそのボーナスを支払った)。

ヤンキースでの11シーズンで、サバシアは307試合(先発306試合)に登板し、134勝88敗、防御率3.81、1700奪三振を記録。球団史では奪三振4位、先発登板7位、勝利数10位、投球回11位に位置している。

「自分にとって一番うれしいのは、仲間たちが『後ろで守るのが楽しかった』『あいつは本当に競争心が強かった』『チームメートでいられてよかった』と言ってくれることだ」とサバシアは語った。

「数字は数字だ。できることをやり、結果は結果として残る。でも大切なのは人への接し方だし、日々どう向き合うかだ。自分はそれを正しい形でできていたらいいと思う」