「ちょっと待って、スライダーって逆方向に曲がるよね?」
スライダーについての知識は、一度忘れたほうがいい。今井達也がそれを覆した。
アストロズの新戦力が投じた「逆方向に曲がるスライダー」が、先週、野球界を騒がせた。その軌道は、実際に見てもらうしかない。
これは、スライダーの動きではない。
本来、スライダーは投手のグラブ側に曲がる。右投手であれば、右から左へと変化し、右打者からは外へ、左打者には内へと入っていく。誰もが知っている基本だ。
では、なぜ今井のスライダーは逆方向に滑っていくのか。
しかもこれは、「伸びる速球」のような錯覚ではない。今井のスライダーは実際に左から右へと動いている。メジャーでの最初の2試合では、この“逆方向”への変化量は平均で6インチ(約15センチ)にも達している。
通常、右投手のスライダーは平均で4インチ(約10センチ)ほどグラブ側へ曲がる。しかし今井のスライダーは、6インチも腕側へ動く。平均的なスライダーと比べて、横方向の変化量には実に10インチ(約25センチ)もの差があることになる。
そのため、この球種はスライダーやカーブのような変化球というよりも、スプリットやチェンジアップといったオフスピード系の球種が位置する領域に入っている。
もっとも、今井のスライダーがこのように“逆方向”へ動くことは、メジャーデビュー前から知られていた。今オフ、埼玉西武ライオンズから渡米した際のスカウティングレポートにも記されており、投手としての大きな特徴の一つとされていた。
ただ、「知っている」のと「実際にメジャーの舞台で見る」のでは、話がまったく違う。
そのスライダーは、まさに“厄介”の一言に尽きる。今週末、アスレチックス戦では9三振、無失点という圧巻の内容。アストロズのユニフォームで、その特異なスライダーを存分に披露した初めてのマウンドになった。
「とにかくいろんな動きをしていた」
そう話すのは、87マイル(約140キロ)のスライダーで三振を喫したジェフ・マクニール。その1球は腕側に5インチ(約13センチ)も変化していた。
「左に曲がる球もあれば、右に曲がる球もあった。あんな球はなかなか見ないよ」
今井は、ベストのスライダーになると信じがたいほどの“逆方向”への変化を生み出す。タイラー・ソーダーストロムに投じた一球、いわゆるハイライト映像に収められたその球は、なんと腕側に13インチ(約33センチ)も曲がっていた。
こんな球を、打者はどうやって打てばいいのか。似たようなスライダーをほとんど目にすることがなければ、難易度は高い。
今井のスライダーは、見た目が珍しいだけではない。”唯一無二”の球だ。
スタットキャストのデータを見ても、その異質さは際立っている。メジャーの他の投手が投げるスライダーとは、まったく別物と言っていい。
今季ここまでに、少なくとも10球以上スライダーを投げている投手は201人いる。そのうち96%は、いわゆる通常のグラブ側への変化を見せている。腕側に動くスライダーを平均的に投げている投手は、わずか9人に過ぎない。
しかし、その中でも今井は群を抜いている。腕側への変化量は、他の投手の実に3倍に達する。
2026年 “逆方向スライダー”の変化量
- ・今井達也(アストロズ):6インチ(約15.2センチ)
・アレックス・ランゲ(ロイヤルズ):2インチ(約5.1センチ)
・ワンディ・ペラルタ(パドレス):1インチ(約2.5センチ)
・ルーカス・アーシグ(ロイヤルズ):1インチ(約2.5センチ)
・ブロック・バーク(レッズ):1インチ(約2.5センチ)
・ジョージ・クラッセン(エンゼルス):1インチ(約2.5センチ)
・コネリー・アーリー(レッドソックス):1インチ(約2.5センチ)
・コール・ウィルコックス(マリナーズ):1インチ(約2.5センチ)
・ジョー・ライアン(ツインズ):1インチ未満(約2.5センチ未満)
この数字が示す通り、今井のスライダーは例外の中の例外だ。メジャーの常識外の球種と言っても過言ではない。
昨季のメジャー全体700人以上の投手を対象にしても、今井の異質さは際立っている。その中でも、今井は他の投手を大きく引き離してトップに立っており、変化量は次点の投手のほぼ倍に達している。
最も近い数字を記録しているのはブルージェイズの有望株トレイ・イェサベージで、続いてレッズのチェイス・ペティ、パイレーツのダウリ・モレタが並ぶ。いずれも2025年には腕側への変化が平均で約3インチ前後(約7.6センチ)だった。
ただし、同じ“逆方向スライダー”といっても、その中身は一様ではない。ポストシーズンで一躍注目を集めたイェサベージのスライダーと比べても、今井のそれは明らかに別物だ。
イェサベージのスライダーは、その極端なオーバーハンドの投球フォームにある。独特の腕の角度によって、スライダーは通常のように弾くのではなく、腕側へと転がるような変化を生む。
一方で、今井はまったく異なる。
かなり低いサイドアーム気味の角度から投げており、その腕の角度はイェサベージの倍以上。リリースポイントも地面に近く、ほぼ2フィート(約60センチ)低い位置からボールを放っている。
本来、このようなサイドアームの投球フォームであれば、スライダーは自然とグラブ側へ曲がるはずだ。では、なぜ逆方向へ変化するのか。
鍵はリリースにある。今井はスライダーを放つ際、ボールの「下」に手を入れるようにしてリリースしている。この独特なリリースが、腕側へと滑るような変化を生み出しているのだ。
こうしたリリースは、メジャーでもほとんど見られない。
その軌道は、まるでスクリューボールのようにも見える。実際、イェサベージのような“逆方向スライダー”を投げる投手を除けば、動きの面で最も近いのはブレント・ハニーウェルのスクリューボールだろう。
しかし、あくまでこれはスライダーだ。しかも質の高い一球である。今井はスクリューボールのように手首を返して投げているわけではなく、あくまでボールの下からすくい上げるようにしてリリースしている点が大きく異なる。
今井の「逆」スライダーのリリースを間近で見たことで、投球分析の世界では「どうやって投げているのか」を巡る議論が一気に盛り上がった。
トレーニング施設ドライブラインのサム・アーリックとジャック・ランバートも、その再現に挑戦。まずアーリックがコンピュータービジョンを用いて、ボールの縫い目の向きや回転軸を解析し、今井のスライダーを“逆算”。その後、ランバート自身が被験者となり、実際にその球を投げようと試みた。
今の時代のピッチデザインとは、まさにこういうものだ。誰かがとてつもなくユニークな球を投げれば、すぐにその仕組みを解き明かそうとする動きが広がる。
今井の“逆方向スライダー”は、まさにそんな探究心をかき立てる1球と言える。
