今夏の殿堂入りが決まっていた『コブラ』ことデーブ・パーカー氏が、パーキンソン病との長い闘病の末、74歳で亡くなった。
「When the leaves turn brown, I’ll be wearing the batting crown
葉っぱが色づく頃には、俺は首位打者の王冠をかぶっているはずだ」
など数々の豪快な名言でも知られた。
MLBコミッショナーのロブ・マンフレッド氏は「デーブ・パーカーはあらゆる面で才能に恵まれた選手であり、その数々の功績が、この夏クーパーズタウンでの殿堂入りにつながりました。1979年パイレーツ、1989年アスレチックスでWS制覇を果たし、故郷シンシナティではレッズのオールスター選手として愛され、ミルウォーキーでも活躍しました。彼はその強肩で3度のゴールドグラブ、2度の首位打者、1985年には初代ホームランダービー王者にもなりました。我々は皆、この偉大な選手の死を深く悲しんでいます。コブラの名は、永遠に我々の記憶に残るでしょう」と追悼した。
パーカー氏は1978年にナ・リーグMVP、通算2712安打、339本塁打、1493打点、打率.290を記録。1970年ドラフト14巡目でパイレーツ入りし、73年にメジャーデビュー。強打強肩の外野手として知られたほか、6シーズンで打率3割超をマークした。
『コブラ』の相性は、パイレーツ時代にダイナミックなプレースタイルを元にチームのトレーナーから命名された。
パイレーツのボブ・ナッティング会長も「デーブ・パーカー氏の訃報に心が張り裂ける思いです。『コブラ』はパイレーツ史上最も支配的で恐れられた選手の一人でした。1970年代に育った私たちは彼の特別さを知っています。彼はオールスター、ゴールドグラブ、首位打者、MVP、そして1979年のWS制覇に不可欠な存在でした。彼とご家族を殿堂入り第一期生として迎えられたことは我々の誇りです」と語った。
豪快な言動で『野球界のアリ』の異名もとり、こんな名言も残した。
「The sun is going to shine, the wind is going to blow, and Dave is going to go 4-for-4
太陽は輝き、風は吹く。そして俺は4打数4安打を打つ」
一方で80年代に薬物問題で球界を騒がせ、殿堂入りは長らく叶わなかったが、2019年にエリック・デイビス氏が「彼はクーパーズタウンに入るべきだ。訪問者としてではなく」と語った通り、2024年末、ついにクラシックベースボールエラ委員会の投票で殿堂入りが決定。MLBネットワークには「このスピーチを15年間も胸に秘めてきた」とコメントしていた。
引退後は2012年にパーキンソン病と診断され闘病を続けた。元同僚ケント・テカルベ氏は「どうして彼がこんなことになるんだ。彼は無敵だったのに」と語り、ショックを隠せなかった。
妻ケリーさんの献身的な介護のもと、19年にはパイレーツWS制覇40周年記念でPNCパークに姿を見せ、観客のスタンディングオベーションに「泣きそうになった。普段は泣かないようにしてるんだけど、あれは涙が出たよ」と語っていた。
今夏7月27日、クーパーズタウンで行われる式典で、彼の名は正式に殿堂入りし、永遠に野球史に刻まれる。
