ドジャースは、この道が決して平坦ではないとわかっていた。過去24チームのワールドシリーズ王者たちが証明しているように、どれほど才能に恵まれ、どんなに条件が整っていても連覇は簡単ではない。それでも彼らは、再び頂点に立つために、持てる力すべてを注いだ。
スター選手を多く擁しながらも課題を抱え、層は厚いが時に限界も見せたチームは、シーズンを圧倒的に支配することはできなかったが、最も重要な時期にすべてがかみ合い、再び王者の座に就いた。
「このユニフォームを着る限り、勝つことは義務なんだ。スプリングトレーニングの時点で、みんなが『ドジャースは勝って当然』と思っていた中で、2年連続で優勝するのは本当に難しい。けれど、その重圧を受け入れて成し遂げたからこそ、いまの喜びがある」とフレディ・フリーマンは語る。
東京ドームからカナダのロジャースセンターへ。ドジャースはワールドシリーズ第7戦でブルージェイズを延長11回、5対4で下し、球団史上9度目の優勝を決めた。
ヤンキースの3連覇(1998〜2000年)以来、連覇を果たしたチームはなく、今年、ドジャースはその難しさを身をもって知ることになった。「この短期間で成し遂げたことは本当に驚異的だ。『王朝』かどうかは評論家やファンが判断すること。でも、今のチームを誇りに思う」とデーブ・ロバーツ監督は言う。
コロナ禍で短縮された2020年シーズンで、この「ロサンゼルス黄金期」の幕開けとなる最初の優勝を果たしたものの、翌2021年はNLCSで敗退。その後2年続けてNLDSで姿を消し、ポストシーズンでの戦いぶりに疑問が生まれた。厳しい評価を背負ったまま迎えた2024年は、再びパドレスに追い詰められたNLDSで逆転し、負傷者続出の中、ブルペン陣の奮闘によって再びタイトルを奪還した。
そして今季、ドジャースは「特別なこと」を成し遂げる絶好のチャンスを手にしていた。昨季はギリギリの投手陣でシーズンを乗り切ったが、今季はさらに上を目指し、史上最強の先発陣を築くため、オフシーズンに思い切った補強へと踏み切った。
「クラブハウスを見渡せば、誰もが戦う準備を整えている。いつ送り出すか、どこで賭けるか、そしてどこで引くか、それを見極めるのが監督の役目だ。全員がどんな状況にも対応できる。その姿勢こそ、このチームの強さなんだ」とロバーツ監督は語る。
ドジャースが補強したのは、2度のサイ・ヤング賞投手ブレイク・スネル、日本の怪物・佐々木朗希、そしてリリーフのタナー・スコットとカービー・イェーツ。充実した戦力にさらに厚みを加えたが、シーズンが始まるとすぐに問題が浮き彫りになった。
スネルは2登板で負傷者リスト入り。グラスナウは5登板、佐々木は8登板で離脱。ローテーションが万全となったのは8月で、そこからの2カ月で、彼らはメジャー最強の先発陣へと進化した。
一方で、自ら招いた不調もあった。オフに獲得した2人の救援投手、スコットとイェーツはともに安定せず、ワールドシリーズのロースターから外れた。シーズン中、ブルペンは何度もチームの勝利を逃す要因となった。
しかし、負傷者が戻り始めると歯車がかみ合い始め、9月には完全に勢いを取り戻し、2022年に導入された3戦制のワイルドカードシリーズへ初出場。そこから快進撃が始まった。
「シーズン全体を見れば決して完璧ではなかった」とアンドリュー・フリードマン編成本部長は語る。「でも、勝負どころで彼らは必ず立ち上がった。大事な場面で結果を出した。それこそが彼らの本質である仲間への思い、そしてロスに再びタイトルをもたらしたいという情熱だ」
その勢いのまま、ドジャースはワイルドカードでレッズを連勝で退け、NLDSではフィリーズを4試合で下し、NLCSではブルワーズからスイープ勝利を挙げた。
ポストシーズンの成功の多くは、ローテーションの安定に支えられていた。スネル、山本由伸、グラスナウ、大谷翔平という4人の先発が歴史的な数字を残した。だがワールドシリーズではブルージェイズがその「4本柱」を攻略。打線の沈黙と、不安定だったブルペンが再び露呈した。
それでも第7戦で、すべてがひとつになった。4人全員が短い間隔で登板し、打線は少しずつ反撃。九回2死からロハスが同点弾を放ち、延長11回にはウィル・スミスが勝ち越しホームランを放った。
前日に96球で6回を投げた山本由伸は、その翌日、最終盤の2回2/3を力投し、最後はムーキー・ベッツの併殺で試合を締めくくった。この圧巻の投球で、山本はワールドシリーズMVPを手にした。
「このユニフォームを着る以上、トロフィーを掲げる覚悟で戦う。チームの勝利こそすべて。個人の数字じゃない。勝つために何ができるか、それだけだ。それがこのチームの文化であり、僕が最も誇りに思うこと」とマックス・マンシーは話したが、最終戦の勝利は、今季のドジャースを象徴するものだった。
決して華やかではなかった。険しい道のりだった。だが、3月の東京ドーム開幕戦から、11月のロジャースセンターでの歓喜まで、彼らは、最も重要な場面で「思いを一つ」にした。
「長いシーズンだった。東京で始まり、走り続け、耐え抜いた。そして最後に残ったのはわれわれだ」とロバーツ監督は振り返る。
フリードマン編成本部長は静かにこう語る。
「私たちの究極の目標は、この時代を『ドジャース黄金期』として刻むことだ」
