名実況『ハミー』が野球放送の殿堂入り

July 17th, 2025

ガーディアンズの本拠地、クリーブランドで長年愛されてきた、中西部を感じさせる心地良い実況で知られるトム・ハミルトンが7月26日にフォード・C・フリック賞と呼ばれる、野球放送における殿堂入りを果たすことが決まった。

現在70歳のハミルトンは、1990年に実況アナウンサーとしてのキャリアを始めた。『ハミー』の愛称で35年間親しまれてきたレジェンドは「自分らしさが大事」とかつて語っていた。

「ヴィン・スカリーの真似をする人がいるけど、あの人は神様みたいな存在で、これから先も彼以上の人は現れない。だから真似する意味がないんだ。自分で努力してステップアップしていくことで、自分だけのスタイルが身につく。それが仕事を失うことなく成長する道なんだ。」

ウィスコンシン州ウォータールー出身のハミルトンは、安価なテープレコーダーを使いながら実況の練習を録音し、ミネソタ州のブラウンカレッジの教授からアドバイスをもらうことで、地道に経験とスキルを積み重ねてきた。

最初のチャンスはウィスコンシン州アップルトンのラジオ局。ニュースを読み、音楽をかけ、そしてスポーツ実況を担当していた。

その後、ウィスコンシン州内でラジオのキャリアを積み上げ、ついにはオハイオ州コロンバスのWBNS(テレビ放送局)にたどり着き、朝のスポーツ番組の司会、オハイオ州立大学のバスケットボール中継やアメリカンフットボールの試合前後の番組などを担当するようになった。

そんなに忙しい中でも、彼は無償で3Aの野球中継も担当。夜遅くまで働き、朝は番組のために早く起きるという生活を続け、新婚の妻ウェンディと過ごす時間はほとんどなかったという。

「メジャーリーグで働くチャンスを得るには、経験を積むしかないと分かっていた」と彼は語る。

1989年の秋、ウェンディが最初の子を妊娠中だった時に、ハミルトンは、担当者が辞めるため、インディアンス(現ガーディアンズ)が新たな実況者を探していることを新聞で見つけた。

興味はあったものの、自分にチャンスがあるとは思えず、応募をためらっていた。だが1カ月後、候補者が3人に絞られたという報道を見て、彼は自分を責めた。

「ねえ、まだ間に合うよ」そんな彼の背中を押したのは、ウェディの一言だった。

そしてクリスマスの日、ハミルトンは8時間かけて自分のベストシーンを編集し、3分間のオーディション用テープを作成。WBNSの番組ディレクターと、インディアンスの放送を担当するWWWEの共同ディレクターは長年の関係があり、遅れて提出されたハミルトンのテープも特別に聞いてもらえることになった。

そして2週間後、偉大なる実況者の歴史が始まった。