「じゃない方」からオールスター捕手へ、アレハンドロ・カークの物語

体型を理由に見過ごされた才能が唯一無二の捕手になるまで

September 12th, 2025

ジョン・シュナイダー監督はアレハンドロ・カークを「ユニコーン」と例える。2020年にデビューし、すでにオールスターに2回選出された、球界屈指の捕手はその実力はもちろん、歩んできた道のりがそれほどに唯一無二で、険しかった。

大谷翔平やアーロン・ジャッジのように大きく、逞しく、しなやかなメジャーリーガーの中で、身長173センチ、体重111キロのカークははっきり言って異質だ。

だからこそ、カークのような選手は、科学やデータが力を強める現代野球において、いまだに私たちにサプライズを与えてくれる。メキシコに埋もれていた “異才” がどのようにして球界を代表する捕手になったのか。これは、そんな彼とその才能を見出したブルージェイズの物語だ。

「じゃない方」の選手

2016年のブルージェイズは、前年にブラディミール・ゲレーロJr.と390万ドルの大型契約をしたことで、当時のMLB国際規則により1人の選手に30万ドル以上を支払うことができなかった。そのため補強では質より量を重視し、まだ見ぬ才能の発掘に努めていた。

時を同じくして、カークは各地のショーケース(公開練習会)を巡り、プロ選手としてのキャリアを探していた。しかし、その体格もあり、カークは有望な若手投手と対戦し、運が良ければ捕手としてプレーすることができる、「じゃない方」の選手としての扱いを受けていた。

そんな厳しい状況を自覚しつつ、カークは努力を続けた。

「プロ契約を結ぶのが夢だったけど、メキシコにいる時から自分よりも身体的な資質が優れている選手が多いことは分かっていた。彼らの方が見栄えが良かったんだ。でも、トレーニングを続けて、自分を信じ続けた。そしたらある日、バットが応え始めてくれたんだ」

その時、ブルージェイズが彼を偶然見つけたのである。

当時のブルージェイズのスカウトの一人だったディーン・デシリスは、他の少数スタッフと共にメキシコのショーケースを訪れていた。目的はカークではない他の捕手の視察だったが、気づけばカークから目が離せなくなっていた。試合後、国際スカウティング副社長のアンドリュー・ティニッシュと話をする頃には、本来視察すべき選手のことなど忘れてしまっていた。

「相手チームの捕手(カーク)の方が気に入ったんだ。捕れるし、投げられる。ハンドリングも素晴らしく、ライナー性の打球を打てる。スイングはシンプルでストライクゾーンをコントロールできる。ただ正直に言うと、体型は良くない」

普段はほとんどしないような会話だったこともあり、ティニッシュは今でもこの電話を鮮明に覚えているという。

「典型的な選手の体格ではない。この選手と契約すれば、育成部門から疑問の声が出るだろう。でも、この男は打てる。野球を簡単に見せ、試合を落ち着かせる。スイングは本当に良い。彼は打って、打って、打ちまくる」

カークはゲレーロJr.のように、恵まれた体躯でスターになるべくして生まれたような選手ではなかった。だからこそ、ブルージェイズがその時メキシコで唯一オファーしたのがカークだったことは、大きな驚きだった。契約金は3万ドル。前年にゲレーロJr.に支払った額と比べれば、はした金に過ぎないが衝撃はゲレーロJr.以上だっただろう。

ティニッシュは最後にデシリスに電話をかけ「自分の名前をカークに『懸ける覚悟』があるか」と尋ねた。答えはYESだった。その上で、デシリスは再度忠告をした。球団スタッフがカークを見れば、再度疑問の声が上がるだろうと。

それでもティニッシュはその熱意と「夢」に懸けた。今でもこの話を思い出すと、彼は笑みを浮かべる

「時には夢に懸けないといけないだろ?」

「全ては自分のために」

カークは、第一印象では決してアスリートには思われない。年々体格を絞ってきているとはいえ、これまでもクラブハウスの職員や球団スタッフなどに間違われてきた。野球選手だと思われたことは一度もなかった。

「カークは体型のせいで、他の選手以上に実力を証明しないといけず、見た目のせいで簡単に見過ごされてしまう。語弊を恐れずにいえば、第一印象は良くなかった」とデシリスは語る。

本人もそれを自覚している。しかし、そのことを語ることはほとんどない。

「もちろん、もっと背が高くなりたいとも、違う体格になりたいと思ったことはある。でも、この体は神様がくれたもので、それについて不満をもったことは一度もないよ」とカークは落ち着いて語る。

「自分が持っているものに満足しているし、むしろそのおかげで、より自分を奮い立たせられるんだ。他の選手と体格が違うことを言い訳にはしなかったし、諦めるつもりもなかった。それが誰よりも努力する原動力になった」

周囲の目線や評価を変えるために、カークに必要だったのは全力でプレーをし、自分の実力を証明することだった。しかし、2017年に交通事故で手を負傷してシーズンのほとんどを棒にふり、ようやく復帰した直後に再び同じ手に死球を受けた。

それでもブルージェイズがカークを諦めることはなかった。10代の身体に、35歳のベテランが入ってるかのような落ち着きを見せるカークの才能を球団は信じ続けた。そして、2018年にカークは58試合でOPS1.001という素晴らしい活躍をマイナーで見せると、2019年にはMLBパイプラインの有望株ランキングでトップ30入り(29位)を果たした。

カークにとって、その野球キャリアはある種の復讐のようなものだった。自らの体型に対して浴びせられた心無いコメントは、耳を塞いでも届いてしまっていた。だからこそ、唯一自分を信じてくれたブルージェイズで、そういった人々を見返すことが大きな原動力となり、マイナーからメジャーまで駆け上がった。

しかしある日、父からの言葉でそれを辞めた。

「自分を疑っていた人たちが間違っていたと証明する必要はもうない。当時、父に言われたんだ『他人のことは忘れろ。自分のためにやれ。すべて自分のために。自分が成し遂げることはすべて自分のためなんだ』って」

「耳を傾けろ」

カークは多くを語るタイプではない。だが、その佇まいには、言葉以上の説得力がある。

ブルージェイズにはおしゃべりな選手が多く、だからこそ、カークはバランスをとる存在となっている。その重要さを誰よりも知っているのは投手陣だ。

「時には自分を落ち着かせるために彼に頼るんだ。登板中に怒りが爆発しそうになって『今のはストライクだよな?』と聞くと、少し間を開けてから目を見て『…No』と答えるんだ」とゴーズマンは語る。

「カークが何か言ったら、必ず耳を傾けるべきだ。キャリア10年の選手でも、マックス(シャーザー)のような大ベテランでも、メジャーに来て2日目の選手でも関係ない。彼はそれだけの評価を獲得しているよ」とクリス・バシットも笑顔で語る。「もちろんリラックスして楽しむこともできるけど、同時に静かに周りを見ている。俺がこれまで一緒にプレーしたカークに似たタイプの選手は、みんなチームのリーダーになっていった。もし彼が何かに対して『やめろ』と言ったら、絶対にやめなければならない」

ショーケース巡りから9年。今やカークは常にオールスターの候補にあがり、本拠地トロントではカルトヒーロー的な存在になっている。現在はブレーブスで働くデシリスの手元には、ブルージェイズのカークのユニフォームがある。

「これはスカウティングの物語であると同時に、チャンスを与えられた男の物語でもある」とデシリスは語る。「有望株ランキングでは過小評価されていたが、チャンスを最大限に生かした。すでに2度オールスターに選ばれているし、今後も何度も選ばれるだろう。誇りに思う。彼に会ったことはないが、本当に誇りに思っている」

そう、この二人はまだ会ったことがないのだ。二人の間にあるのは、1つの試合と直感と少しの運だけ。もしあの日のデシリスの決断がなければ、カークが今どこで何をしているかは、誰にもわからない。

「ブルージェイズ以外のチームが自分にあのチャンスを与えてくれたかは分からない。だから感謝している。本当に感謝しているよ」とカークは微笑みながら語った。