カイル・シュワーバーがフィリーズのクラブハウスに戻ってきたのは、ツインズとの試合終了から、すでに24分が経った夜9時8分だった。
チームメートたちはとっくに戻り、多くは食事に出かけ、他はシャワーを浴びて着替えていた。だが、シュワーバーはまだユニフォーム姿のまま、バットを手にしていた。
この日は4打数0安打、2三振。チームは5-0で完敗。悔しさを胸に、彼はバッティングケージへ向かった。
「ただ自分にイラついてただけだ」とシュワーバーは言う。
2025年シーズン、シュワーバーは打率.240、56本塁打、132打点、OPS.928という堂々たる成績を残した。ナ・リーグ本塁打王、メジャー全体で最多打点。今オフにフリーエージェントを迎えるが、MVP投票でもトップ5入りが濃厚だ。
キャリア最高のシーズンは偶然ではない。打撃ケージでの無数の時間が、その裏にある。
「あそこは彼の神聖な場所なんだ。練習、学び、対話の場所。すべてが詰まっているんだ」とフィリーズの打撃コーチ、ケビン・ロングは語る。
「あの日? あの時はバットすら振っていないよ」とシュワーバーは振り返る。
「ただ降りていって、くだらないこと喋って、試合の映像を見返してただけ。そういう時間も必要なんだ。ケージで30スイングして『調子いい』と思うこともあるし、逆に30スイングしても、いざ試合に出ると『あれ、全然ダメだ』と感じることもある。そんなときは、また戻ってきて、さらに30スイング、もしくは100スイングやるんだ。200、300スイングする日もあるよ。クタクタになって『ちょっと休憩』ってなるくらいね。試合前に椅子に座って、10スイングだけして、『よし、今日もやってやる』ってグラウンドに出ていく。それだけのこと」
マーリンズ戦で55号と56号の本塁打を放った。そのうちの1本は左腕のライアン・ウェザーズからの一発で、これは左打者が左投手から打ったシーズン最多本塁打のMLB記録を更新するものだった。
「これは、これまで積み上げてきた努力の成果だよ。2020年にノンテンダーになったところから始まった。そこから1年契約をもらって、ケビン(ロング打撃コーチ)と出会った。彼がプランを作ってくれて、それをずっと一緒にやってきた。それが年々進化してるんだ。これからも、まだまだ続けていきたいと思ってるよ」と主砲は話す。
「転機は2021年だった」
2020年、カブスからノンテンダー通告を受け、翌年、ナショナルズと1年契約を結んだ。しかし、そこでも『毎日出られるかどうか』は未知数だった。
「(シュワーバーは)最初、『左投手とも普通に対戦できる』と思ってたみたいだった。でも、チームは『プラトーン起用(左右で使い分ける)になるかもね』って感じだった。でも、『プラトーンプレイヤーになる気はない』と言っていたけれど、当時の数字は、左投手に対してあまりに悪かったんだ」とロングは振り返る。
実際、2020年は左投手相手に打率.189、OPS.597。
キャリアでも左投手には打率.197、OPS.649と苦戦。一方、右投手には打率.239、OPS.859を記録していた。
「このままじゃダメだ、と話し合い、じゃあ今すぐ始めようと取り組んだ」とロングは振り返る。
ロングは3日後にアリゾナからフロリダへ飛び、ふたりはプランを立てて練習を重ねた。
「一晩で変わるもんじゃなかったよ。でも、彼はちゃんと結果を出し始めた」
そして今。
「今の姿とは比べものにならないほど進化してるよ。何よりも、取り組みの『継続性』が違う。4年間ずっと同じことをやり続けて、それを毎年少しずつブラッシュアップしてきた。彼は自分のプロセスを理解してるし、必要な調整も自分で見つけられる。知的な選手なんだ」
「準備は試合の何時間も前から始まっている」
ツインズとのシリーズ初戦の試合開始は18:45。
だがシュワーバーは、午後1時にはすでにバッティングケージにいた。そこから2時間、彼はケージで黙々と過ごした。
ずっとバットを振っていたわけではない。ツインズの先発ジョー・ライアンの映像を見て、仲間の打撃を観察し、打撃の話をしていたのだ。
「彼はAロッド(アレックス・ロドリゲス)みたいだ」とロングは言う。
「ロドリゲスはめちゃくちゃ几帳面で、毎試合のリプレイを確認して、自分の打席を細かく分析していた。試合中の修正点も全部把握して、必要な情報を自分で探していた。カイルもそうだ。Aロッドのルーティンはほぼ完璧だったけど、カイルのもそれに近い。とにかく細部までこだわるし、『なぜ』を常に考えている。何が悪くて、何を変えるべきかを追い続けている。彼が打撃に注ぐ『時間と労力』は、想像を超えている」
「バッティングケージには、記憶が詰まっている」
打つことは難しい。そして、それを支える日々の努力も同じくらい大変だ。それでもシュワーバーは、そのすべてを愛している。
「ケージではいい時間が流れる。いい思い出もたくさんできるんだ」とシュワーバー。
「野球の話ができるし、他の選手のスイングも見られるし、自分のスイングについても話せる。順番を待ちながら、みんなでいろんな話をしてる。クラブハウスでもそういう雰囲気はあるけど、あっちはバタバタしてて、みんな治療を受けたり準備に忙しかったりする。でもケージでは、『昨日の試合どうだった』とか、『きょうの相手投手こうだよね』みたいな話が飛び交っていて、居心地がいい」
シュワーバーは今でも、2015年にメジャー初昇格した日のことを鮮明に覚えている。リグレーフィールドのクラブハウスで、マニー・ラミレスが横からボールを投げてきた光景。あるいは、チェイス・アトリー、ジミー・ロリンズ、ライアン・ハワード、カルロス・ルイスが、ケージで談笑しながら打っていた場面。
「ただ彼らが座ってふざけ合ってて、俺はルーキーで、それを見上げながら、『うわ、すごいな』って思ってたんだよね」とシュワーバーは振り返る。
今では、シュワーバー自身が『あの頃の彼ら』になっている。
チームメートたちも、シュワーバーとの思い出を語る。オットー・ケンプは、6月のアトランタでの雨天中断中のことを覚えている。
「試合が雨で止まって、俺たちは打撃ケージにいたんだけど、カイルはこれまで対戦した相手チームや試合について思い出して話してたんだ。『この試合だったと思う』って日付まで覚えてて、iPadで検索して、ちゃんとその映像を見つけ出してた。まるで野球の百科事典みたいだったよ」とケンプは話す。
「きのうもずっと映像を見ていたから、『また見てんの?』ってからかったら、『もっと良くならなきゃいけないから』って返してきてさ。正直、自分にとっては映像見て何かを感じて、それを試合に持っていくのってすごく難しい。でも彼は自分をよく理解している。感覚だけに頼らず、映像と向き合って、冷静に分析して、頭の中で整理してる。仕事と実戦をしっかり分けられるんだよね。中には、ケージで考えすぎて、そのまま打席でも頭がいっぱいになっちゃう選手もいる。でもカイルは違うんだ」
ウェストン・ウィルソンも同じように感じている。
「ケージって、人によってはネガティブな場所にもなる。ずっと居続けると、自分を追い込んじゃうこともあるからね。でもカイルは違う。すべて目的があるんだ。『きょうヒットを打てなかったから、試合後に死ぬまで練習する』みたいな衝動じゃない。彼の行動にはいつも理由があるし、ムダがない」
「すべての瞬間に理由がある」
「俺がケージに入るとき、振るために振るってことはない。打席に立つときも同じ。すべてに意味があるんだ」とシュワーバーは語る。
「一塁から三塁に走った理由も言えるし、なぜ二塁で止まったかも説明できる。ほとんどの場面で、『なぜそのボールを振ったか』、『なぜ見逃したか』を自分で説明できるよ。ちゃんとした考えが頭にある状態でプレーしているから。ネクストバッターズサークルにいるときからゲームプランがあって、それを打席でどう実行するか、それを常に考えている」
準備は試合が始まる前にすでに終わっている。あとは競い合うだけ。
だが翌日には、また準備は始まり、永遠に続いていく。
「ケージの中では、いろんな『すごい瞬間』が生まれるんだよ」と、シュワーバーは静かに言った。
