MLBとMLB選手会(MLBPA)が5月12日(日本時間13日)に最初の労使交渉を行い、次期労使協定(CBA)に向けた協議をスタートさせた。現行のCBAは12月1日に失効する。
今回の交渉において、主要議題の一つとなるのが「戦力均衡(Competitive Balance)」だ。他の北米スポーツと比べ、MLBはこの点において遅れていると私は考えている。
この記事では、現在のMLBにおける戦力均衡の状況を解説する。
※MLB労使交渉:MLB機構・球団オーナー側と(MLBPA)が「リーグをどう運営し、選手にどうお金を分配するか」を決める交渉のこと。
※市場規模:各球団が本拠地としている地域のビジネス的なポテンシャルを指す。ロサンゼルス、シカゴ、ニューヨークなどは「大規模市場」、ミルウォーキー、カンザスシティ、ピッツバーグなどが「小規模市場」の代表例とされる。
Q:そもそも戦力均衡とは?
私の考えでは、理想的な戦力均衡とは「機会の平等」を生み出すことだ。経済的な競争条件をなるべく揃え、球団の市場規模だけでなく、スカウティングや育成などによってチームの競争力が決まる状態が理想だろう。
もちろん、戦力均衡とは結果が平等になることを保証するわけではない。優れたスカウティングや育成を行う球団はむしろ有利になるべきであり、それは健全な競争だ。健全な競争があるからこそ、選手の能力が最大限に引き出される。
実際、選手の合計給与の上限と下限を決める、サラリーキャップとサラリーフロア制度を持つ他のリーグでも”王朝”を築いたチームは存在する。
例えばアメリカンフットボールのNFLで近年成功を収めているカンザスシティ・チーフスは、市場規模ではなく組織力、チーム運営の能力が高い。一方でクリーブランド・ブラウンズが苦戦している理由も、資金力不足が原因ではない。
米国内の他のリーグ(NFL、NBA、NHL)の最大の違いは、ホームタウンの市場規模に関係なくどのチームも優勝を目指せること。MLBはそうではなく、だからこそ最大の課題と言える。
Q:実際にMLBには戦力均衡の問題があるのか?
私はあると考える。最大の理由は、資金力の格差が広がり続けていることだ。
ピッチクロックやABSチャレンジ制度などのルール改革が成功し、才能のある選手がルーキー、そして海外からもどんどん増えている一方で、「どうせ優勝できない」という諦めムードが多くのチームにあるのが現状だ。
確かに、今季序盤のフィリーズやメッツのように、高年俸球団が苦戦する例もある。しかし長期的に見れば、大規模市場の球団の方が明らかに優位だ。
何より重要なことは不公平”感”だ。ファンが「競争が不公平だ」と感じれば、興味は薄れる。市場規模による格差が大きいほど、市場規模が小さい球団はオフシーズンの話題も少なくなり、ファンの関心も下がっていく。
Q:近年は毎年違うワールドシリーズ王者が出ていることは戦力均衡を意味するのでは?
確かに、この10年間でワールドシリーズを優勝した球団は7つとバラけている。しかし、直近10年の優勝チームはすべて全米トップ15に入る市場規模を持つ球団だった。そうではない球団が最後に優勝したのは、2015年のロイヤルズまでさかのぼる。
何より、しばしば混同されるが「王者が変わっていること」と「戦力が均衡していること」は別だ。王者のほとんどが大規模市場の球団であれば、戦力均衡とは言えない。
一方、NFL、NHL、NBAを合わせると、この10年間で小規模市場の球団による優勝は15回も生まれている。
Q:市場規模の小さい球団はプレーオフでどれくらい成功しているのか?
2015年以降(短縮シーズンの2020年を除く)、プレーオフ進出チームのうち37%が市場規模が下半分の球団で、勝ち上がるケースはさらに少ない。同期間にワールドシリーズへ進出したチーム数は、大規模市場側が17球団に対し、小規模市場側はわずか3球団。世界一になった回数では9倍もの差があった。また、リーグ優勝決定シリーズへの進出数も31対9で、3倍以上の違いがある。
Q:レギュラーシーズンではどうか?
MLBは、北米4大プロスポーツで唯一、市場規模上位5球団が下位5球団を大きく上回る成績を残している。NFL、NBA、NHLではむしろ市場規模の小さいチームの方が良い成績を残している。
さらに、MLBが30球団体制となった1998年以降(2025年まで)では、年俸総額上位5球団は平均89勝。一方、下位5球団は平均74勝だった。市場規模が極めて大きな意味を持つことが分かる。
Q:ファンは本当に制度改革を望んでいるのか?
答えは「Yes」で、しかも大多数だ。11月に公表された調査会社モーニング・コンサルトによると、熱心なMLBファンの79%、一般的なファンの69%がサラリーキャップとサラリーフロア制度の導入を支持した。さらに、熱心なファンの69%は、その制度が戦力均衡を「大いに改善する」または「ある程度改善する」と回答している。
また、野球情報サイトMLBTradeRumors.comが昨年実施した非公式のアンケートでも、67%がサラリーキャップ導入に賛成していた。
結局、野球という競技も、それが成長することも、ファンのために存在している。ファンが求めていることは、なるべく平等な競争だ。結果が資金力ではなく、実力や運営能力によって決まるリーグを望んでいる
ただでさえ強い相手が、さらにカードを1枚多く配られた状態でポーカーをしたいと思う人はいない。それと同じだ。
Q:戦力格差は拡大しているのか?
これも答えは「Yes」だ。球団間の年俸総額の差は歴史的な水準に達している。2025年には、最大と最少の差が4億4600万ドル(約690億円)で、約7倍の開きがあった。
(ぜいたく税を含めた総支出額はドジャースが5億1500万ドル=約820億5000万円で1位、マーリンズが6900万ドル=約109億9300万円で30位だった。)
その大きな要因の一つが、各地域のスポーツネットワークを中心としたケーブルテレビモデルの崩壊だ。MLBでは全国放送に加え、各球団が本拠地地域のスポーツ専門チャンネルと契約し、大きな放映権収入を得てきた。しかし、ケーブルテレビを見る人口が減っていることで、特に中〜小市場規模の球団への影響が出ている。これらの契約を失った球団では地元での放映権収入が半減しているケースもある。
例えば、ツインズは最近、昨年5万件のストリーミング契約を販売したと明かした。契約料は99ドル(約1万6000円)で、収入は約500万ドル(約7.8億円)。しかし、2023年にはケーブル契約だけで5400万ドル(約84億円)を得ており、差は歴然だ。
一方でドジャースは、地域放映権契約だけで年間3億3400万ドル(約520億円)の収入を得ている。このように、市場規模の大きい球団ほど、地域の放映権契約も大きくなりやすく、格差に拍車をかけている。
もちろん、ドジャースの成功は資金力だけではない。しかし昨季のチームのfWARの47%はFA獲得選手によるものであり、トレード獲得後に大型契約を結んだ選手まで含めると56%に達する。
1998〜2025年の累計では、ドジャースは総年俸支出51億7000万ドル(約8050億円)で2位、勝率.560でも2位。ヤンキースは総支出60億ドル(約9350億円)で1位、勝率.586でも1位だった。
ガーディアンズのマイク・チャーノフGMはオフにこう語っている。
「私たちのような市場規模の小さい球団では、一流のFA選手を獲得することはできない。現在の球界の構造では不可能なんだ」
Q:オーナーがもっとお金を使えばいいのでは?
確かに、もっと支出を増やせば改善する球団もある。しかし、実は収入に対する年俸の割合は概ね同程度。少なくとも上場企業であるブレーブスの財務資料を見る限り、利益率も一般に考えられているほど高くはない。
もし全オーナーがメッツ並みに支出したなら、多くの球団は大幅な赤字になるだろう。また、球団経営は地域経済にも大きく左右される。小規模市場の球団が収入の全額を選手年俸へ投入したとしても、ドジャースの資金力には到底及ばない。
Q:戦力均衡はリーグ成長に本当に重要なのか?
直接的な因果関係を証明は難しい。しかし、2015年以降の主要北米スポーツの年間平均収入成長率(CAGR)を見ると、
- NBA:10.7%
- NFL:7.5%
- NHL:6.8%
- MLB:2.7%
となっている。
戦力が均衡しており、機会が平等とされているリーグほど収益の成長も大きい。もしMLBがNBA並みの成長率を実現していれば、リーグ収入は現在の約2倍になっていた。
こうした経済的問題は、近年のポジティブな変化に影を落としている。
ピッチクロックをはじめとするルール改革は成功し、20年近く続いた観客減少も3年連続で増加へ転じた。新たな放映権契約も締結されている。国内外から屈指の才能が集まり、近年のポストシーズンやワールドベースボールクラシック(WBC)も大成功だった。
それでも、この格差問題は依然として足かせになっている。より多くの球団にチャンスが広がらない限り、MLBは本来持つ力を最大限発揮できないというのが筆者の結論だ。
※本分析の大部分では、2020年の短縮シーズンは除外されている。
