大谷翔平が復活させた『二刀流』は、(クオリティを無視すれば)一昔前まで決して珍しいことではなかった。MLB全体で指名打者制が正式に採用されたのは2022年で、それまではメジャーの舞台でも『投げて打つ』ことは当たり前に行われていた。
打席に入っていた時の日々を投手たちはどのように感じていたのか?
ヤンキースの救援ルーク・ウィーバーが投手たちうに思いを代弁する。
「打つのは本当に楽しかったよ。たいていは悲惨な結果だったけどね」
とはいえ、MLB全体での指名打者制の採用から見られるのは「餅は餅屋」ならぬ「打撃は野手」というシンプルな発見だけではない。「時間の無駄」と投手の打席をバッサリと切り捨てる選手もいれば、「一生残る思い出」と語る選手まで賛否は分かれるものの、制度の変更がロースター構成や試合中の戦術に止まらない大きな変化をもたらしたことは事実だ。
今回は、そんな投手の打撃、指名打者制についてMLB選手たちの率直な意見を紹介していく。
一筋縄ではいかない
メジャーの投手たちも、子供の頃は当然打撃を経験してきた。歳を重ねるにつれ、本気の打撃機会は減ってしまうが、だからこそ、打席での真剣勝負に心躍る選手もいる。
「懐かしい気持ちになるんだ。リトルリーグの頃、自分がどんなプレーもできていたという感覚を思い出させてくれる。それが最高なんだ」
そう語るのは、2017年から2019年にかけてダイヤモンドバックスで主にプレーし、18打席で15打数1安打12三振の成績を残したベテランリリーフのT.J.マクファーランドだ。
一方で、例えば、ジャイアンツの若手投手ヘイデン・バードソングは、MLBでの打席経験はなく、それどころか二刀流として入学しながらも、大学時代からピッチングに専念していた。
「僕は基本的にずっと守備専門なんだ。ほとんどの人が一生やりたくないと思ってる役回りかもね。打てたらカッコ良いとは思うけど、正直なところ、バッターボックスから160キロの球を見るのは遠慮したいな」
予想通り、基本的に投手は打撃成績が低い。2021年の投手の打撃成績は打率.110、OPS.293、三振率44.8%。予想以上に良いと思う人ももしかしたらいるかもしれないが、当然野手としてやっていけるレベルではない。(やはり大谷はすごい)
さらに、メッツの先発投手クレイ・ホームズの言葉を借りれば、投手の球はどんどん「エグく」なってきている。何より、MLB投手の実力は彼ら自身が最も理解している。バードソングが語るように、再び投手が打席に立つことがあっても「三振の山」が築かれるはずだ。
「もし機会があるなら最高だね」
それでも、チャンスがあれば喜んで志願するつもりらしい。
意地のバッティング
とはいえ、すべてが3球三振や立っているだけの打席だったわけではない。投手たちにもバッターボックスで輝いた瞬間や、彼らなりの戦略があった。
例えば、フィリーズのザック・ウィーラーは打撃を「野球の楽しい部分」と語る。その言葉通り、2019年には本塁打を記録し、通算44安打と投手の中では好打者に入る選手の一人だ。狙いは、初球か2球目に来る直球だったらしく、相手投手の配球を分析し、試験的にではあるが予測を立ててから臨んでいたという。
「誰だって簡単にアウトになりたくはない。 僕だったら投手相手にどう投げるかという視点で考えていたよ。まったく見当違いのときもあったけどね」
他にも、マット・ストラムは2019年のパドレス時代に21打数6安打、OPS.729という成績。キャリア初安打のボールをもらった時の嬉しさはいまだに忘れていない。
「(ショートのデヨングが)『これ欲しい?』って聞いてきたんだ。僕は『もちろん。ダグアウトに投げ込んどいて』って答えたよ」
投手が打席に入った時の投球は思っているほど簡単ではないと複数の選手が口を揃える。打者としての情報が全くないため、「頭脳戦」になるとウィーバーは語る。また、ストラムも初球でストライクをとることの難しさと、『同業者』だからこそ死球を与えたくないと語った。
「打つ許可を明らかにもらっている投手でなければ、ほとんどのケースで初球は見逃してくる。急にストライクゾーンがお皿みたいに小さく見えて、投げる感覚がまるで違ってくるんだ」
ウィーラーのような先発投手にとって、打撃練習や試合での打席は、単調になりがちな投球ルーティンに変化を加えるいわばスパイスのようなもので、「笑いを取って、雰囲気を和らげる」ことで、チームメイトもいつもそれを楽しんでいたという。
「ウィーラーたちが全力でスイングしてる姿は最高だったね。意外といいスイングしてたんだよ」とフィリーズ時代のチームメート、ニック・メイトンは語った。
戦略の変化
投手が打席に立つかどうかは、戦略やチーム構成に大きな影響を与える。
両リーグでのプレー経験があるカブスの捕手カーソン・ケリーは、ルール変更によって「少し違ったゲームになった」と述べている。
「打順に投手がいると、少し考えることが増えるんだ。『8番を攻めるか、7番を攻めるか。9番には代打を出してくるのか』ってね。そういう違いはあったけど、今では統一されたから、試合の組み立て方やリズムもつかめるようになった」
投手が打たないことで、歓迎すべき点はキャッチャーマスクに飛んでくるファウルチップが減ったことだ。「投手のみんなももちろん好きだよ。ただ、ちゃんとボールを芯で捉えられないことが多くて、顔に打球が当たることが多かったんだよね」とケリーは話す。
ホームズは、自分の打席については迷いなく「DHに任せる」と語った。特にパワーヒッターをメンバーに多く組み込める点を支持している。「パワーヒッターのような、観客が見たいと思う選手の出番が増えるんだ。戦略面やメンバー管理では、(ピッチャーと外野手を同時に交代させる)ダブルスイッチとかも考慮して、色々なポジションをこなせるベンチ要員が必要だったからね」
ホームズはパイレーツ時代、打席に立たないと分かった上で、ネクストバッターズサークルに送られることが度々あったという。これによって、相手チームは突然の代打に対応しなくてはならなくなると、ホームズは説明した。
「打たないって自分でも分かってたよ。ほとんどダミーとして立ってただけだ」
立っているだけで済むなら御の字かもしれない。打席や走塁でケガをした投手は数多く存在する。例えば、ジェイコブ・デグロムは通算打率.204、3本塁打という成績を持つが、2021年にスイング中に肩を痛めている。
もちろん野球選手である以上、負傷のリスクは常に付きまとう。しかし「デッドボールが当りませんように」と、冷や汗を握りながら、投手の打席を見守った経験は多少なりともあるだろう。
「一生に残る思い出」
もちろん、DH制がナ・リーグにも正式に採用されたことを喜ばない選手もいた。その一人がウィーラーだ。ルール変更を望まなかったのは、ア・リーグとナ・リーグの違いを楽しんでいたからだ。異なる制度のもとでプレーすることに魅力を感じていたという。
しかし、この変化がフィリーズにとってプラスに働いたことは間違いないだろう。旧制度のままだったら、球宴でMVPを獲得したカイル・シュワーバーのような打撃特化型の選手をチームに加えることも、2022年、2023年のポストシーズンでの躍進も叶っていたか分からない。
「カイルの存在もあって、明らかにうちにとってはうまくいっている」とウィーラーもそれを認める。
予想通り、指名打者の選手たちからこの変更は好意的に捉えられている。球宴のスイングオフにも出場したブレント・ルーカーは、競技の公平性が増すとDH制を強く支持している。
「当然僕たちは選手の立場で考えている。(DH制によって)役割が増えて、メンバーに入ることができる選手が増えることで、生計を立てられる選手も増える。僕らの立場から考えればポジティブなことだよ」と語った。
多少の意見の相違はあれど、概ねDH制に賛成あるいは、少なくともそれを受け入れるようになっている。それでもまだ「打撃げの恋しさ」があるのも理解できる。ストラムにとってそれは、ダブルスイッチや代打の駆け引きといった戦略であり、マクファーランドにとっては打撃練習だ。
「打つのは好きだった。上手くはなかったけど、楽しかったよ」とマクファーランドは語る。
「たいていは悲惨な結果」だったと語ったウィーバーも、実戦で経験できなくなった、攻撃時の試行錯誤を思い出として覚えているという。「バントを決めること、ランナーを進めること、たまたまヒットをすること、塁に出ること、併殺崩しで二塁へ突っ込むこと、ホームを駆け抜けること。当時はよく代走にも出されてたからね。それがすごく良かったんだ。そういうのは、一生残る思い出なんだよ」
