七回表終了後、『ゴッド・ブレス・アメリカ』が流れる中、ニック・エンライト(28歳)は帽子を胸にあてて立っていた。その時、彼の脳裏にはこの2年半の闘いの記憶が蘇っていた。
2022年12月22日、結節性リンパ球優位型ホジキンリンパ腫(ステージ2)と診断された。それでも、免疫療法を受けながらマウンドに立ち続けた。そして、2025年5月23日、ついにクリーブランド・ガーディアンズの一員としてメジャー初登板を果たした。
「ブルペンのドアが開いてからマウンドに着くまでの35〜40秒間は、自分がここに来るまでの旅を、家族と一緒に乗り越えてきたすべての障壁を振り返る時間だった」とエンライトは語る。
「それが終わったら、マウンドからホームまでの60フィート6インチは見慣れた、いつも通りの景色に感じられた。最高の瞬間だった。自分が夢見ていたすべてがそこにあった」
エンライトは2イニングを投げて無失点、3三振と完璧な内容。試合には5-0で敗れたものの、プロとしての第一歩を鮮烈に刻んだ。この日は、両親のダグとベティ、妻のエリン、義理の母と叔父も球場に駆けつけた。
八回を投げ終えてマウンドを降りる際、エンライトはスタンドの家族を見つけ、グラブに右手を当ててそっと合図を送った。
「試合中は気を張ってたけど、ベンチに戻ったあとは涙が出そうになった。この数年間、自分が感じた苦しみを家族も一緒に感じてくれていた。そんな家族とこの瞬間を共有できたのは、本当に特別な経験だった」
「自分は『がんの選手』じゃない」。支えてきた母の言葉
エンライトは2019年のドラフト20巡目でガーディアンズに入団。2022年12月7日にはルール5ドラフトでマーリンズから指名を受けたが、そのわずか15日後にがんが判明。夢と現実が一気に交差する出来事だった。
「メジャーは遥か彼方に感じた」とその時を振り返る。長いトンネルの先には光がある。しかし、当時の彼にはそれはあまりにも微かなものでしかなかった。
2023年1月〜2月にかけて4回の免疫療法を受け、5月には再びガーディアンズに復帰。その後、2023年のオールスター休暇に1回と10月に3回、さらに昨年の10〜11月にかけて4回と、計8回の治療を受けてきた。最後の治療は11月に予定されており、現在は体調も安定している。
母のベティさんは、当時をこう語る。
「診断されたとき、彼は『誰にも言わないでほしい』って言ったんです。『がんの選手』として認識されることを何よりも嫌がった。『自分はそれ以上の選手だし、全力でプレーしているんだ』ということを伝えたかったみたいです」
「でも治療が進み、回復して、『自分の経験が誰かの励みになるかもしれない』と思えるようになった。彼は、がんを経験した他のアスリートを調べて、その人たちから勇気をもらった。そして言ったの『諦めるわけにはいかない』って」
最速約152kmの直球で三者三振デビュー
1年前はメジャーデビュー寸前まで来ていたが、右肩の故障で3Aコロンバスで16試合登板にとどまっていた。今週、両親がクリッパーズの試合を観戦しに来ていたタイミングで昇格の連絡を受け、家族と直接喜びを分かち合えた。
日曜日、七回表に登板したエンライトは、ライリー・グリーンをゾーン高めの152キロの直球で空振り三振。さらにハビエル・バエズを151キロ、グレイバー・トーレスを152キロで三振に切って取った。
「自分にはメジャーで通用する力があると信じていた。でも、そのチャンスはずっと自分の前を通り過ぎていってしまっていたように感じる。だからこそ、あの場に立って、自分がここにいるんだということを実感できたのはすごく良かったよ」
七回終了時、ザック・マッキンストリーを打ち取った直後、両親は立ち上がって大きな拍手を送り、長いハグを交わした。
「『ニック・エンライト』は素晴らしいストーリーそのものだ」とスティーブン・ボート監督も称賛した。
