大谷翔平への「1球」で人生が変わったチェコ右腕、最後のマウンドへ

March 9th, 2026

「あの1球」が人生を変えた。

しかも、本人はそれを失投だと思っていた。

3年前、東京ドームで大谷翔平と対戦したチェコ代表のオンジェイ・サトリアは、自身が「ザ・ワーカー」と呼ぶチェンジアップを投じた。しかし、手元が乱れ、それはバウンドすると思っていた。

「ひどい球だと思った」とサトリアは振り返る。

ところが、最速約80マイル(129キロ)にすぎない球が、なぜか絶妙に変化し、侍ジャパンの大谷翔平はスイングの途中で体を回転させ、ヘルメットを飛ばしながら空振りした。この瞬間の動画は瞬く間に世界中に拡散され、サトリアは日本では一躍有名人になった。

チェコ国内では野球人気は徐々に広がっているものの、東京のように街中で写真を求められることはない。

「チェコでは誰も僕を知らない。ごくごく普通のオストラバ在住の男性ですが、ここではサインを求められる。戻ってこられて本当にうれしい」とサトリアは話す。

大谷の三振で注目を集めたが、サトリアは単なる“運のいい投手”ではない。ラーズ・ヌートババー、近藤健介、村上宗隆らも三振に仕留め、「侍ジャパンの先頭4打者を三振にした唯一の投手」として、自身でも価値を実感しているという。

今大会でもその投球は健在だ。オーストラリア戦では3回2/3を無失点に抑え、3者三振に仕留め、被安打はわずか1。速球の力だけに頼らず、緩急を巧みに使って打者のタイミングを崩す。まさに“ジェダイ流”の投球術を見せている。

サトリアは日本で一躍スターのように握手を求められ、プレゼントを渡され、サインを求められる。昨年は大阪のエキスポパビリオンに登場し、熱心なファンの前で2回もサイン会を開いた。

母国チェコでは街中で知られていなくても、エクストラリーガでアロウズ・オストラバのユニフォームを着て投げると、相手チームはちょっと気合を入れてくる。

「フィールドに出るとみんな僕を知っていて、ちょっとした呪いのようなものです。誰かが僕からホームランを打つと、『あの大谷を三振にした男だ!』って言うんです」

オストラバにあるチェコ最大手のエネルギー会社「ČEZグループ」で働きながら国内リーグでもプレーしているが、会社の同僚たちもからかい半分で歓迎してくれる。大会から戻ると、ポスターや写真を壁に貼られているのが恒例だという。

「注目されるのは時に大変ですが、それもチェコの野球が広がっている証です。世界中の人が、人口1000万人の小国が野球でどれだけ戦えるかを見てくれているんですから」とサトリアは語る。

サトリアは濃い髭に隠れた顔、全ての球種に名前を付け、速球は「ザ・キャノン」、カーブは「ザ・フィッシングルアー」と呼ぶ、ユニークな選手だ。

腕にはダークサイドをテーマにしたスター・ウォーズのタトゥーが進行中で、ダース・ベイダーやダース・モール、ストームトルーパー、タイファイターなどが描かれている。

「アナキン・スカイウォーカーの物語が大好きなんです。小さなジェダイがダース・ベイダーになっていく人生に、僕の腕を捧げました」

ただ、このタトゥーが完成する前に、彼のWBCでのキャリアは幕を下ろす。子どもたちとの時間を大事にしたいと思っている。最後を華やかに飾るべく、サトリアは再び東京ドームに戻り、侍ジャパンと大谷に最後の対戦を挑む。

「ここで有名になった3年前のことを考えると、この国際舞台で終えるのが自然だと思います。ユニフォームを着て過ごせるすべての時間を楽しみたい」

昨秋、サトリアはチェコ代表としてヨーロッパ選手権で銅メダルを獲得。規模はWBCに及ばないが、チェコ史上初のメダルで、チームが着実に成長している証だ。キャッチャーのマルティン・チェルベンカは「チェコ野球の長年の目標でした。20年以上も狙ってきて、ようやくメダルを手にできた」と振り返る。

サトリア自身も「ナショナルチームでのメダルは、僕のパズルの最後のピースでした。ものすごく泣きました。大谷からもらったボールも特別ですが、このメダルは僕にとって全てです。今も東京に持ってきています」と語る。

スター・ウォーズが元々三部作であるように、彼の物語もまだ完結ではない。将来、チェコが再びWBC出場権を獲得すれば、“ジェダイの帰還”が訪れるかもしれない。そんな希望を胸に、サトリアは最後の舞台に臨む。