ペレスが球団最多本塁打記録を更新、通算318本塁打

Kansas City's beloved catcher mashes career homer No. 318 to pass George Brett

July 26th, 2026

ロイヤルズ3−2タイガース】デトロイト/コメリカパーク、7月25日(日本時間26日)

サルバドール・ペレス(36)は、球団の偉人たちの中で単独トップに立った。

ジョージ・ブレットが持つロイヤルズの球団歴代最多記録となる通算317本塁打に並んでから3日後、ペレスは通算318本目の本塁打を放ち、球団新記録を樹立した。

もちろん、大記録達成の瞬間もいかにもサルビー(ペレスの愛称)らしいやり方だった。この一発で、ロイヤルズを再び試合の流れに引き戻した。

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1点を追う七回表、ペレスはタイガースの救援カイル・フィネガン投手(34)のスライダーを左翼へ運んだ。401フィート(約122メートル)を記録した一発は、球団新記録となる同点ソロとなり、ロイヤルズは最終的に勝利した。

「いつも言っている。試合に勝った時の方が気分が良い」とお決まりの笑顔でペレスは振り返る。

ペレスはタイガースが敬意を表す中でゆっくりとベースを一周した。ダグアウトではチームメートがキャプテンのために列を作り、握手、ハイタッチ、ハグで出迎えた。チーム全員がこの瞬間を待っていた。

「カンザスシティで記録に並んだ後、この数日間は行く先々で『あと1本、あと1本』と声をかけられていた」とペレスは語る。「意識しないようにするのは難しかった。本塁打を狙ったわけではない。ただ良いスイングをして、どうなるか試しただけだ」と集中した。

試合後、ロイヤルズTVのインタビューを受けるペレスの後ろにはチームメート全員が立った。その後、クラブハウスでの祝賀会が待っていた。全員がロッカールームに集まり、リハビリ中のボビー・ウィットJr.(26)やマイケル・ガルシア(26)ら負傷者もフェイスタイムで参加した。

ペレスは長年チームを支えるミゲル・ガルシア・コーチと並んでスピーチをした。チームを代表してルーク・マーリー捕手(35)が言葉を述べた。マーリーは勝利後の祝賀会の半数で進行役を務めているが、今回の一件は深く記憶に刻まれるだろう。

「この球団において私は小さな存在にすぎないが、ペレスはまさしく伝説的な選手だ」とマーリーは語る。

「特別な瞬間を共に体験する機会が何度かあった。立派な人柄を持っている。メジャーリーガーになりたいと思わせ、毎日仕事に向かう意欲をかき立てる存在だ。同じ環境で過ごし、長年にわたる献身とタフさを目の当たりにできることは大きな誇りだ」

現在所属するチームの球団通算最多本塁打記録を保持する現役選手は、マイク・トラウト(34)のエンゼルスでの422本、マニー・マチャド(34)のパドレスでの216本に次いで、ペレスが3人目となる。

ペレスの通算318本塁打は、捕手として出場した試合が50%以上の選手に限定すると、メジャー史上7番目の多さである。上位には、マイク・ピアザの427本、ジョニー・ベンチの389本、カールトン・フィスクの376本、ヨギ・ベラの358本、ランス・パリッシュの324本、ゲイリー・カーターの324本が名を連ねる。

ペレスを上回る上位の選手陣では、パリッシュを除く全員が野球殿堂入りを果たしている。

「現役生活でここまで到達できるとは考えていなかった。多くの犠牲を払い、懸命に努力してきた」とペレスは振り返る。

コメリカパークは、2011年8月29日にマックス・シャーザー(41)からメジャー初本塁打を放った思い出の地でもある。2017年6月10日に通算100本塁打を達成するまでには、メジャー昇格から6シーズンを要した。その後、持ち前の長打力は勢いを増していく。2021年9月29日には通算200本塁打を記録した。同時にこれはシーズン48本目の本塁打となり、ロイヤルズのシーズン最多本塁打記録に肩を並べる一発となった。

ブレットの記録更新という目標が、この時期から明確に現実味を帯びてきた。

2025年9月13日(同14日)に、通算300本塁打と通算1000打点を達成した。今季はブレットの記録に並ぶまで残り14本、新記録樹立まで残り15本という状況で迎えた。

序盤の不振や打撃成績の低迷により予想以上の時間を要したが、大記録への歩みは止まらなかった。

ペレスは特別な存在だ。メジャー生活15年、球団在籍20年に及ぶベネズエラ出身のベテランの歩みから学べる教訓がある。ペレスの可能性を絶対に見限ってはならないという事実だ。

周囲の人間は、ペレスに関する逸話を持っている。その大半は、野球に対する真摯な姿勢や情熱に関する内容で占められている。春季キャンプの第1日からシーズン最終日まで、誰よりも早く球場入りし、最後まで残って練習を続ける。毎試合の出場に強いこだわりを持っているため、休養日を設ける際には常に首脳陣との間で議論が生じる。

過去20年間ペレスを知る人々は、昔からずっとこの姿勢だと口をそろえる。決して現状に甘んじることなく、野球をプレーする機会を当然のものとは考えなかった。そのおかげで、母イルダ・ディアスが家計を支えるために1日12時間働き、あり余る活力を発散させるために野球をさせてくれたベネズエラのバレンシアから飛び出すことができた。ロイヤルズとは2006年に契約金6万5000ドル(約1000万円)で入団した。16歳だったペレスは小切手を母に渡して新しい家を買うように伝え、誇りに思ってもらえる選手になると誓った。

翌年、アメリカへ渡った。決してトッププロスペクト(有望株)ではなく、打撃への評価も高くなかった。守備力によって存在感を示していた。

2010年に変化が訪れる。その年の春、J.J.ピコロGM(55)はアリゾナ州サプライズのサブグラウンドで、ケビン・サイツァー打撃コーチ(64)と打撃ケージの後ろに立っていた出来事を記憶している。

「サルビー(ペレス)は通りを越えるほどの特大の打球を飛ばし、すべて引っ張っていた」とピコロGMは当時を振り返る。

「サイツァーと顔を見合わせ、『全く別物になっている』と言葉を交わした。以前はスイングも鈍く、子供の力しかなかった。それが本物の力に変わっていた」

ペレスは1年後の2011年8月10日にメジャーデビューした。球界中がペレスの守備に注目した。ロイヤルズのマット・クアトラーロ監督(52)は遠くから見ていて、なぜロイヤルズに控え捕手が必要なのかと冗談交じりに尋ねた。

将来の殿堂入りが確実視されるヤディアー・モリーナ氏(44)は、ロイヤルズが遠征して来た際、カージナルスの若手投手に本塁後方でのペレスの動きを見るように伝えた。

「モリーナはあまり多くの選手に対してあのようなことは言わない」と先発のマイケル・ワカ投手(35)は振り返る。

「モリーナは遠くからサルビーを応援する大ファンの一人で、本物だと言っていた」

ペレスの進化に伴い、誰もが打席での結果にも注目するようになった。長打力を示す数字は急上昇した。ロイヤルズの歴史に残る勝負所で結果を出してきた。残した数字だけでなく、チームにとどまり続けたことで、球団史上最高の選手の一人として確固たる地位を築いた。

通算318本塁打は永遠に刻まれる。同時に、ペレスがこの記録に到達する原動力となった資質も語り継がれるだろう。日々の鍛錬、忠誠心、そして喜び。そのどれもが揺らぐことはなかった。

この瞬間をどのように祝うのだろうか。

「明日も試合がある」とペレスは短く言葉を返した。