大谷、6回2失点粘投も打線がチャンスで1本出ず

April 29th, 2026

マーリンズ2−1ドジャース】ロサンゼルス/ドジャースタジアム、4月28日(日本時間29日)

本調子ではない時でさえ、大谷翔平(31)はマウンドでドジャースに質の高い投球をもたらすことができた。しかし、自らを援護する機会を欠いていた。

今季初めて中5日で登板し(ドジャースでのレギュラーシーズン19度の先発でわずか3度目)、大谷は今季最多となる9人のマーリンズ打者の出塁を許した。それでも2失点(自責点1)に抑え、今季5度の先発すべてで六回を投げ切った。

今季5度の先発登板で2度目となるが、大谷は打席に立たなかった。もし通常通り1番打者に入っていれば、アレックス・フリーランド(24)が一塁ゴロに倒れてドジャースの1―2での敗戦が決まった際、ネクストバッターズサークルにいたはずだった。

攻撃陣が低調な結果に終わっても、デーブ・ロバーツ監督は大谷の負担を管理するという自身の決断を疑うことはなかった。大谷はすでに通常より短い休養で登板しており、特に29日(同30日)午後12時10分開始の勝ち越しを懸けた第3戦で「1番・DH」に復帰するためだ。

「それが私の計算に影響するとは思わない。最も重要なのは、翔平にとって正しい決断をすることだ」とロバーツ監督は語った。「今夜のラインアップに大谷がいなくても、チームは勝たなければならなかった。この決断には納得している。もう一度同じ状況になっても、同じことをする」と話した。

どちらかと言えば、ロバーツ監督が落胆したのは、打線がマーリンズから112球(大谷が投げた球数よりわずか8球多いだけ)しか引き出せず、得点圏で7打数2安打に終わり、8残塁したことだった。

1912年にナ・リーグで自責点が公式記録となって以来、開幕から5先発を通じて大谷が記録した防御率0.60は、ドジャースの投手として5番目に低い数字だ。これを下回るのは、フェルナンド・バレンズエラ(1981年の0.20と1985年の0.21)、ドン・サットン(1972年の0.42)、ジェシー・ペティ(1926年の0.57)だけだ。

大谷はマーリンズ打線から9三振を奪ったが、今季最多タイとなる5安打を許し、3四球を与えた。この日の先発を投げ終えるのに要した104球は、レギュラーシーズンとポストシーズンを含めてドジャース移籍後最多だった。

大谷は「ブルペンから、ちょっと(調子は)よくはなかったので、体調的にはそんなに悪くはなかったですけど、動作的な問題だと思っています」と語った。

大谷自身の悪送球がマーリンズの先制点につながった。二回の先頭打者、アグスティン・ラミレス(24)に死球を与えた。ラミレスが二塁へスタートを切った際、大谷は牽制悪送球を投げ、無死三塁と進塁を許した。ラミレスはオーウェン・ケイシー(23)の犠飛で生還したが、自責点にはならなかった。

五回には、今季わずか2度目となる自責点。先頭のクリストファー・モレル(26)に四球を与え、その後、ジェイコブ・マーシー(24)の犠打により2死二塁となった。続くカイル・ストワーズ(28)に右翼への単打を打たれ、モレルの生還を許した。

大谷は六回に1死から安打を許したが、マーリンズの打者3人から三振を奪ってこの日の登板を終えた。

大谷のドジャース移籍の1年目に一塁コーチを務めていたマーリンズのクレイトン・マッカラー監督(46)は「おそらく普段ほど制球が鋭くないことにつけ込み、とにかく大谷に労力をかけさせ、多くの球を投げさせようとした。本当に素晴らしい投手に対してチームは十分な働きをし、ただ食らいついて6イニングを懸命に投げさせた」と振り返った。

打者として大谷はスロースタートだが、2試合連続の3安打で調子を取り戻しているように感じられていた。ドジャースは28日(同29日)に上り調子の大谷を起用することもできたが、チームはシーズンを通じて健康を維持するという長期的な視野を持っている。

そしてロバーツ監督の考えでは、大谷はバットを振ることなく、チームに勝利のチャンスをもたらす十分すぎるほどの働きをした。

指揮官は「完全に連動していると感じていたとは思わない。失投やひどいミスが多かった」と語った。「それでも何とか6イニングを2失点に抑えたのだから、チームは試合に勝つべきだった。大谷を大いに称賛する」と惜敗を語った。