ホワイトソックスの顔として長年プレーしたティム・アンダーソンが、現役引退を発表した。
2016年から2023年までホワイトソックスを支え、シカゴのサウスサイドからメジャーリーグ全体に大きな影響を与えたアンダーソン。いつもエネルギーにあふれ、明るく、ユーモアを忘れない選手だった。しかし、ホワイトソックスのメディア関係者とのZoom取材に臨んだアンダーソンは、15秒から20秒ほど言葉を詰まらせる場面もあった。
アンダーソンは自身のキャリアについてこう語った。
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今、ものすごく感情が込み上げてきている。ずっと人生をかけて目指してきたものについて話しているからだ。
どうやってそこにたどり着くのか、どんな道を進むのか、どこで曲がるのかも分からなかった。誰かに導いてもらったわけでもない。それでも前に進み続けた。みんなも知っていると思うけれど、僕はいつも『とにかく前に進み続ける』と言い続けた。
毎日、球場に行って、戦う準備をした。
ユニフォームの胸にあるロゴのためにプレーしてきた。自分が何を犠牲にしてきたのか、毎日、体がどんな状態だったのか、子どもたちや妻との時間をどれだけ家に置いてきたのか、自分が下した決断の中で何を犠牲にしたのか。そんなことは誰にも分からないと思う。
それでも僕は進み続けた。
つらいときもあった。でも、それを見せることはできなかった。
いつしかそれが外に出始めて、自分でもコントロールできなくなった。
だから、今が人生を楽しむ時なんだと思った。
今は幸せだ。
朝起きて、子どもたちのそばにいて、もう一つの人生を生きられる。人生は、バットとボールで人を喜ばせようとすることだけではない。
このゲームは、たくさんの素晴らしい瞬間を与えてくれた。でも同時に、たくさんの痛みももたらした。プレーしている間には、まちがいなく暗い時期もあった。たくさんの人を失った。ある時から、その環境にいること自体を楽しめなくなった。もう以前とは同じではなかった。
今こうして、野球について心を開いて話そうとしても、もう以前のような感覚はない。
今でも野球は大好きだ。でも、僕にとってはあまりにも多くの痛みをもたらした。だから、もう一度プレーするという選択肢は、今の僕にはない。
ホワイトソックスは僕にチャンスをくれた。そして、ずっと僕のそばにいてくれた。だから、もう一度ここに戻ってきて、ホワイトソックスの選手として引退する。それが僕にとって正しいことなんだ。
アンダーソンは2013年ドラフトでホワイトソックスから全体17位で指名された。2016年にメジャーデビューすると、遊撃手としてチームの中心選手へと成長した。
主な実績
- 2019年:打率.335でア・リーグ首位打者
- 2021年、2022年:2年連続でア・リーグ・オールスター選出
- 2022年:オールスターで先発出場
- 2023年:ワールド・ベースボール・クラシック米国代表
- ポストシーズン:33打数で打率.485、7試合中5試合で3安打
「フィールド・オブ・ドリームス」での劇的な一打
アンダーソンを語るうえで欠かせないのが、2021年8月12日の一打だ。
ヤンキースとの「MLB at Field of Dreams」。アイオワ州ダイアーズビルのトウモロコシ畑に囲まれた特別な舞台で、アンダーソンは延長10回にサヨナラ本塁打を放った。映画『フィールド・オブ・ドリームス』の世界を再現した球場で決めた一発は、MLBを代表する名場面の一つとなった。
そして、もう一つの代名詞となったのがバットフリップだ。本塁打やサヨナラ打の後にバットを放り投げる姿で、アンダーソンはバットフリップを一つのスタイルとして確立した。
ホワイトソックスのファンイベント「SoxFest」では、子どもたちがアンダーソンの前でバットフリップを披露するイベントまで行われた。
アンダーソンは2022年に左手を負傷し、2023年には左膝を捻挫。2024年にはマーリンズ、2025年にはエンゼルスでプレーしたが、かつての輝きを取り戻すことはできなかった。
メジャー通算成績は、98本塁打、122盗塁、打率.276、OPS.714。数字だけを見るとアンダーソンの10年間は突出したものではないかもしれない。しかし、ホワイトソックス時代には首位打者を獲得し、2度のオールスターに選出され、「フィールド・オブ・ドリームス」では歴史に残るサヨナラ本塁打を放った。
そして何より、シカゴのサウスサイドを象徴する選手として、多くのファンに強い印象を残した。
