ゲレーロ家に最初のリングを持ち帰る!息子と父の共闘

October 25th, 2025

ブルージェイズ11-4ドジャース】トロント/ロジャースセンター、10月24日(日本時間10月25日)

ロジャースセンターのライトにあるスイート席に腰を下ろしたブラディミール・ゲレーロSr.は、ワールドシリーズ第1戦の三回、息子のブラディミール・ゲレーロJr.が打席に立つ姿を、ホームプレート裏の特等席から見守っていた。

息子はブレイク・スネルのカウント3-2からのチェンジアップを鋭く弾き、ショートのムーキー・ベッツの横を抜けてレフト前に運び、ワールドシリーズ初安打。その瞬間、ゲレーロSr.の周囲に集まった約30人の友人と家族、背番号27のゲレーロJr.のジャージを着た人々が歓声を上げ、立ち上がって抱き合った。

一方のシニアは、濃紺のパーカーにジーンズといういつも通りのラフな姿で、静かに座ったまま。周囲が沸き立つ中、スタジアム全体をゆっくりと見渡し、トロントの熱狂的なファンが息子に送る歓声を噛みしめるように目を細め、満面の笑みで拍手を送った。

約15年前、父ゲレーロSr.はレンジャーズの一員として、2010年のワールドシリーズ第1戦に出場していた。そのときスタンドで父を応援していたのが、まだ少年だったジュニア。今度はその立場が逆転した。シニアはスタンドから、息子が初めて挑むフォール・クラシックの舞台を誇らしげに見つめていた。

「本当に幸せな気分だよ」と、満面の笑みを抑えきれない様子でシニアはMLB.comに語った。

「息子はカナダ生まれで、26歳にしてこの舞台に立っている。私は35歳で初めてワールドシリーズに出たから、15年後に息子が自分より早くここまで来たことがうれしいんだ」

11-4で勝利した第1戦で、4打数2安打1四球と活躍し、勝利に貢献した息子のゲレーロJr.。しかし、頂点に手をかけながら、あと一歩届かない悔しさを、誰よりもよく知っている。

ブルージェイズのユニフォームを着るずっと前、11歳のジュニアは、父シニアがレンジャーズの一員として挑んだ2010年のワールドシリーズで、ジャイアンツに1勝4敗で敗れる姿を見ている。輝かしいキャリアの晩年に味わったその悔しさを、少年は胸に刻み、ある誓いを立てたのだ。

「父はワールドシリーズで優勝したことがない。だから子どもの頃から言っている。もし自分がワールドシリーズを勝ったら、そのリングを父に贈るって。『お父さん、指輪のサイズを教えて』ってね」

試合前日の23日夜遅く、ドミニカ共和国からトロント入りしたシニアは、息子からリングをもらうという話にすぐさま首を横に振った。

父の唯一の願いは、息子がそのリングをドミニカ共和国ニサオ郡にある自身の小さな故郷ドン・グレゴリオに持ち帰り、地域の誇りと希望の象徴として見せること。ただそれだけだ。

「優勝するのは彼自身だ。私の故郷ドン・グレゴリオには、まだワールドシリーズで優勝した選手はいない。彼がリングをその町に持ち帰ってくれたら、それこそ最高のことだよ」とシニアは語る。

かつて父がモントリオール・エクスポズ(現ナショナルズ)で8年間プレーしていた頃、ホームのオリンピックスタジアムのグラウンドを駆け回っていた少年は、いま「ゲレーロ家の物語」に新たな1ページを加えている。父ブラディミールに加え、叔父ウィルトンもメジャーで8シーズンを戦った。弟パブロはレンジャーズ傘下のマイナーリーガー。この日観戦に訪れた従兄弟のガブリエルも、2018年にレッズでメジャー14試合に出場し、9シーズンをマイナーで過ごした。

ジュニアはこれまで、父の背中を見事に追ってきた。メジャー7年目のキャリアには、オールスター出場5回、オールスターMVP、シルバースラッガー賞2回、ア・リーグ優勝決定シリーズMVP、ゴールドグラブ賞、ホームランダービー優勝といった輝かしい実績が並ぶ。その歩みを終えたとき、ゲレーロ家の物語で最も輝く章になっているかもしれない。

「家族全員にとって、とても大きなことだ。家族がこうしてここにいてくれることを誇りに思うし、心から感謝しているよ」とジュニアは改めて思いを口にした。