【ドジャース6x-5ブルージェイズ】ロサンゼルス/ドジャースタジアム、10月27日(日本時間28日)
このワールドシリーズは、大谷翔平とフレディ・フリーマン、ブラディミール・ゲレーロJr.とアレハンドロ・カークのための舞台になると誰もが予想していた。実際に、第3戦で九回を終え、延長戦に突入してからもそういった展開が続いていた。
だが、MLB最大の舞台「フォールクラシック」には、こうしたスターたち以外も脚光を浴びる瞬間がある。その1人がドジャースのウィル・クラインだ。
延長18回までもつれた第3戦で、4イニングを1安打、無失点に抑えたクライン。しかし、その好投を見るまで、25歳の右腕を知っていた人は多くなかっただろう。現に、クラインはここまでのポストシーズンの3ラウンドでいずれのロースターにも入っておらず、レギュラーシーズンでもわずか15回1/3しか登板していなかった。
まさにシンデレラストーリーだ。ブルペンの投手を次々に送り込んだドジャースを救う72球のロングリリーフ。これまでメジャーで投げた総投球数のおよそ14%を、この一戦で投げ切った。18回のフリーマンのサヨナラアーチも、この力投なしには生まれなかった。
文字通り、力投だった。
「正直、限界を感じていた。脚も腕も重くなってきて、もうダメかもと思う瞬間があった。でもそのたびに『いや、俺がやるしかない』って自分に言い聞かせたんだ」とクラインは振り返る。
この日、ドジャースは9人の救援投手を起用したが、クラインはその最後の一人だった。たびたび批判されてきたドジャースのブルペン陣は見事な投球で合計13回1/3を1失点に抑えた。
「絶対にこの試合は落とせないと思っていたから、何回でもマウンドに戻るつもりだった。ゼロで抑えて、ベンチに戻って、また出ていく。できる限りそれを続けるつもりだった」とクラインは語る。
イニングを終えるたびに、コーチ陣は「あとどれくらい投げられる?」と尋ねる。クラインの答えはいつも同じだった。
「必要なだけ投げます」
「でもフレディがホームランを打ってくれたから、限界を確かめる必要はなくなったんだけどね」と笑った。
実際のところ、18回でクラインは限界に達しており、2日前の第2戦で先発した山本由伸がブルペンで肩を作り始めていた。そんな中で、2死二、三塁のピンチで迎えたタイラー・ハイネマンを完璧なカーブで空振り三振。危機を脱した。
クラインはマウンドで飛び跳ね、拳を突き上げて雄叫びを上げた。ベンチでは仲間たちが抱きしめて迎え入れる。そして数分後、フリーマンのサヨナラ弾が飛び出し、クラインは歴史に残る一戦の勝利投手となった。
サヨナラの後、当然のようにフリーマンがヒーローとしてチームメイトにもみくちゃにされた。だがすぐに、その輪はもう一人のヒーローへと移った。仲間たちはクラインを取り囲み、歓喜の渦を作った。
「本当に最高だった。こんなことが自分に起こるなんて夢にも思わなかった。クレイトン・カーショウ、フレディ、大谷、ムーキー(ベッツ)。あの人たちが自分の周りで喜んでくれてるなんて、現実とは思えなかった」とクラインは喜びを語る。
まさに、ほんの数カ月前には考えられないことだった。クラインは今季、アスレチックスからマリナーズ、そして6月初旬にマリナーズでのDFAを経てドジャースへと、わずか半年で2度トレードされている。
本来であれば、クラインがワールドシリーズのロースター(出場選手登録)に入ることはなかっただろう。ドジャースのブルペン陣は負傷者が相次ぎ、さらにシリーズ開幕前夜にはアレックス・べシアが家庭の事情で離脱。クラインをはじめブルペン全員が、べシアの背番号「51」を帽子の側面に施し、チームの結束を示した。
そのブルペン陣が、今季最高とも言えるパフォーマンスを発揮した。ワールドシリーズ史上でも屈指の出来だったと言っていい。デーブ・ロバーツ監督は、18回の時点で、山本の投入を一瞬考えたという。それでも、クラインを信じた。
「18回までやるなんて、誰も想定していない。だからこそ、選手に限界以上を求めることになる。それに彼は応えてくれた。これまでの3倍は投げたと思うし、この舞台であれだけの集中力を保ったのは本当に信じられない」とロバーツ監督は称える。
12回を締めたカーショウも「今夜の彼の投球は、誰もが想像できないレベルだった。(ロングリリーフの)経験がない投手が、よくぞやり遂げた」と称賛した。
厳密に言えば、クラインは72球以上を投げた経験がある。イースタン・イリノイ大学時代、捕手から投手に転向した直後のことだった。親指を骨折したことがきっかけで本格的に投手へ転身し、2020年ドラフト5巡目でロイヤルズに指名。その後4球団を渡り歩きながら、ほとんど注目されることのないキャリアを送ってきた。
この夜までは。
「ポストシーズンではいつもスーパースターばかりが注目される。でも本当にチームを救うのは、誰も予想していなかった”名もなきヒーロー”たちなんだ」とロバーツ監督。
「今夜はまさに、ウィル・クラインの夜だった」
