午後9時を過ぎても、佐々木麟太郎の一日は終わらない。
朝8時に始動し、ウエイトトレーニング、授業、チーム練習、個人練習へと続く。30分単位で組まれたスケジュールには、ほとんど隙間がない。休めるのは、昼食の30分だけだ。個人練習が終わると、学生としての本分の時間が始まる。多くの参考文献と向き合いながら、課題に取り組む日々だ。
「一番大変なのは、自己管理と時間管理ですね」
留学での苦労を問われると、少し間を置いてそう答えた。生活には慣れてきたが、決して余裕があるわけではない。むしろ、求められる自己管理の精度は高まった。
「体の疲れよりも、感情や思考のコントロールの方が難しい。好きでやっていることでも、毎日同じモチベーションを保てるとは限らないので」
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米国の大学では、学業とスポーツを両立する学生を「Student Athlete(ステューデント・アスリート)」と呼ぶ。学業で一定の成績を収められない場合は、試合への出場も認められない。佐々木も学業に全力で取り組み、昨年はスポーツだけでなく学業も優秀な選手に贈られる栄誉ある称号「ACC All-Academic Team」に選ばれた。
高校時代、ケガに泣いた悔しさをバネに、大学入学後はストレングス&コンディショニングのコーチと体を見つめ直し、ケガのない体作りに励み、昨季は全試合出場を果たした。52試合に出場し、54安打、7本塁打、41打点、打率.269、OPS.769と新入生にしてはまずまずの成績だが、自己評価は厳しい。
「正直、不甲斐ない一年でした。もうちょっと自分に期待していたので」
速球への対応、打球角度、打球方向の偏りなど、課題は明確だった。特に速球に対するファウルやゴロが増え、シーズン後半にかけて引っ張り傾向が強まった点を改善点として挙げる。
オフシーズンは、打撃を中心に徹底的な見直しを行った。打球角度を意識したドリル、全方向への打球を意識した打撃練習を重ね、「自分の一番の価値であるバッティングを取り戻すこと」に集中した。
「中軸として打撃で貢献するのが自分の役割だと思っています」
新シーズンに向け、準備は着実に進んでいる。
MLBには、スタンフォードで学業と野球の両立を成し遂げてきた先輩たちがいる。同大学OBでレンジャーズのカル・クアントリルはこう話す。
「ササキが僕の母校を選んだと聞いてワクワクした。試合の成績もチェックしているよ。いつか同じ舞台でプレーできたらいいなって思っている」
さらに、クアントリルは、「野球と勉強で忙しいと思うけれど、見聞を広めて、大学ではたくさん友達を作ってほしい。大学時代の友人はかけがえのないものだから」と学生生活にもエールを送る。
佐々木が大学訪問で同校を訪れた際に、現地で会ったカブスのニコ・ホーナーは、佐々木の決断をこう評価する。
「彼の家族は教育をすごく大事にしたいと言っていたので、大学に進学して新しいことに挑戦したのは素晴らしいと思う。新しい道を切り拓いたんじゃないかな。野球やスポーツをする高校生に『こういう選択肢もある』と示したと思う」
カリフォルニア州出身のホーナーは、「僕はそのエリア出身で、家族も教育をすごく重視していたから、環境も野球も教育も揃っていて理想的だった」と進学の経緯を語る。
大学で過ごした時間は、ホーナーにとっても特別だ。
「大学スポーツでは、チームメイトとすごく強い絆を築ける。野球でも授業でもパーティーでも、ずっと同じ仲間と過ごすから、互いに多くを学び合うし、友情の大切さを知るんだ。それは大学時代しかできないことだから」
メジャーで活躍する先輩たちの言葉に、佐々木の顔に笑顔が浮かんだ。
「(試合をチェックしていると)知らなかったので驚きました。本当にうれしいです。また明日から頑張ろう、と思えます」
疲労が溜まった時、「気分が乗らないな、と思うこともある」と佐々木は吐露する。
移動の飛行機やバスで、睡魔と戦いながらパソコンを開き、必死で文字を打つ。しかし全く進まないまま目的地に着き、うんざりしたり、焦ったことは佐々木に限らず、ホーナーやクアントリルといったメジャーリーガーも経験したはずだ。しかし、教室とジム、グラウンドを行き来しながら積み上げた時間が、プロでの土台になっている。
菊池、大谷は「いつかメジャーリーグでプレーを」という思いを持ちながらも日本でプロ野球でプレーする道を選び、一方、佐々木は日本ではなく、米国で大学進学をした。最終的な目標は同じでも、「違う道」を歩く決断をした。
昨年10月のプロ野球ドラフト会議で、佐々木は日本のソフトバンクスから1位指名を受けた。
「率直にうれしかった」
子供の頃、知り合いのお兄ちゃんたちの指名を、ドキドキしながらテレビを見ていた野球少年の頃に戻った瞬間だった。しかし、20歳になった今、目標はより明確になり、揺るぎはない。
「今の責任は、スタンフォードの一員として戦うことです。最終的にどうなるかは分かりませんが、まずは目の前のシーズンに集中したい」と表情を引き締める。
花巻東の先輩、菊池と大谷の存在は、アメリカに渡った今も変わらない。
「憧れであることは、ずっと変わらないです」
メジャーで戦う先輩たちに一歩でも近づくため、佐々木の挑戦は続く。