大谷翔平の負傷からドジャースが学ぶ教訓

October 19th, 2026

レギュラーシーズン終盤、大谷翔平(32)が複数の負傷による影響を受け始める中、ドジャースは同じ考えを繰り返し強調していた。最優先事項は、10月にできる限り良い状態でプレーすることだった。

負傷者リスト入りとワイルドカードシリーズ免除による長い休養を経てポストシーズンを迎えたが、大谷のプレー内容にもコンディションにも、本来期待された状態は表れなかった。ナ・リーグ優勝決定シリーズ第4戦では約2カ月ぶりの本塁打を放った。それでも反撃は遅く、ドジャースは15日(日本時間16日)、ブルワーズに4連敗を喫して突然シーズンを終えた。

ドジャース打線では大谷を含む複数の打者が最悪のタイミングで不振に陥った。ただ、右上腕二頭筋と左膝に抱え続けた負傷については、球団側にも大谷自身にも、より適切に管理できた余地があったかもしれない。今季うまくいかなかった経験から学ぶことは、2027年に完全な二刀流へ復帰する計画を進める上で重要になる。

ドジャースの敗退決定後、大谷は以下のように語った。

「治療も含めてどうなっていくのかっていうことはまだちょっと分からない。もちろん(二刀流を)続けていく気持ちで頑張りたいなと思っていますし、そのためにしっかりオフシーズン過ごしたい」

二刀流選手の起用と健康管理には前例となる明確な指針がない。そのためドジャースは、大谷との綿密な話し合いを重ねながら、負担とコンディションを管理してきた。ただ、スター選手には珍しくない事情として、球団側は大谷による自己評価をそのまま受け入れるわけにもいかなかった。

大谷が負傷者リストから復帰した際、アンドリュー・フリードマン編成本部長(49)は語った。

「双方のコミュニケーションは素晴らしかったです。ただ、自分の状態を完全に、正確に共有してくれたかという点では、それほど素晴らしくなかったかもしれません」

ドジャースは大谷の健康管理に積極的な対応を取った時期もあった。投手と打者の負担を分けたり、登板翌日に完全休養を与えたりした。一方、先発登板を飛ばしたり、負傷者リストへ入れたりする対応は、身体的な問題が明白になるまで行わなかった。

ここからは、大谷の2026年シーズンで起きた主な負傷関連の出来事を時系列で振り返る。ドジャースが別の対応を選択できた可能性がある重要な局面も含めて見ていく。

6月11日(同12日):左膝の炎症で途中交代

大谷はピッツバーグで先発登板した翌日の夜、左膝の負傷が初めて公になった。ドジャースは当初、盗塁を試みた際に膝を悪化させたと考えていた。しかし大谷は後に、投球メカニクスの乱れが原因だった可能性を説明した。

7月3日(同4日):右上腕二頭筋の張りで途中交代

大谷は先発でクオリティースタート(6イニング以上を投げ自責点3以下)を達成したが、その後、右上腕二頭筋の違和感により代打を送られた。大谷によると、同じ箇所は「数カ月前にも」痛みがあったという。この登板が今季最後の先発となった。最初の10先発では防御率0.74だった一方、最後の4先発では防御率4.38。この4試合はいずれも左膝の負傷を抱えた状態で登板していた。

7月19日(同20日):先発ローテーションから無期限離脱

左膝の炎症が続いていたため、ドジャースは7月10日(同11日)に予定されていた前半戦最後の先発を取りやめた。潤滑作用のある注射を受けた後、球団はオールスター休暇明け最初の先発復帰を期待していた。しかし膝の違和感が続き、計画を変更した。

7月25日(同26日):投球練習を停止

大谷はフィラデルフィアで通常のブルペン投球を行った3日後、左膝の状態悪化により投球を無期限で停止した。フィラデルフィアでのブルペン投球は、ドジャース関係者の一部にとっても予想外だったとみられる。

8月8日(同9日):投球再開へ段階的プログラム開始

2週間以上投球を控えた後、大谷はマウンド復帰に向けた段階的な調整としてキャッチボールを再開した。その後は順調に段階を上げ、8月14日(同15日)にはブルペン投球、23日(同24日)には打者との対戦まで進んだ。

一方、打撃成績はこの時期から低下した。8月8日以降、レギュラーシーズン最後の29試合では打率.205、OPS.666だった。

8月29日(同30日):大谷の登板復帰が延期

ドジャースは早ければ8月30日(同31日)、大谷を実戦で1イニング登板させる可能性を見込んでいた。しかし、8月28日(同29日)のブルペン投球が思わしくない内容に終わり、球団は登板復帰プランを再検討した。

9月3日(同4日):4試合連続欠場の最初の1試合

打席で身体的な問題が特に強くうかがえた試合の後、ドジャースは大谷を無期限で休ませると決めた。負傷者リスト入りを選択すべきか球団内で検討が続いた一方、ブランドン・ゴームズGM(42)は9月3日時点で「話し合いの対象にすらなっていない」と語っていた。

9月7日(同8日)にスタメンへ復帰した大谷は、残りのシーズンを打撃に専念すると明言した。2026年中に再登板する可能性をめぐり、大谷または球団から出た初の明確な発言だった。

9月11日(同12日):15日間の負傷者リスト入り

直近7試合中6試合を欠場した大谷は、15日間の負傷者リストに入った。デーブ・ロバーツ監督(54)は後に、振り返ればもっと早く負傷者リストへ入れるべきだったと認めた。大谷は最短の15日間で復帰し、レギュラーシーズン最後の5試合に出場した。

10月13日(同14日):NLCS第3戦の欠場案を協議

大谷はポストシーズン最初の6試合で20打数3安打、長打0と低迷。ドジャース首脳陣はナ・リーグ優勝決定シリーズ第3戦で大谷を起用するか、本人を交えて協議した。

大谷はプレーできるだけの状態にあると球団側を納得させ、実際に第3、4戦では打撃内容を改善した。それでも短期間の復調だけでは、ドジャースの結末を変えられなかった。

大谷のシーズン終盤を違った展開にできる可能性があったとすれば、負傷の問題が始まった段階で、より早く積極的な対応を取ることだったのかもしれない。