Jロッドではなく「DJプレノ」スター外野手のもう一つの顔

August 21st, 2026

フリオ・ロドリゲスのことを世界はすでに知っている。圧倒的な才能とまさにスターとしての輝きを持つ中堅手だ。しかし、「DJプレノ」としての顔はまだ開花途中の才能だ。

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今月初め、Jロッドはまったく新しい姿をシアトルのファンに見せた。球団の「アラムナイ・ホームランダービー」で、DJのライブパフォーマンスを披露。往年の名選手たちが集うイベントに、若々しさを加えた。本拠地のT-モバイルパークはナイトクラブと化し、イベントが終了した午前0時近くまで、数え切れないほどのファンが会場に残った。

その輝きは、イチローも「特別なカリスマ性がある」と評するほどだった。

MLBが、フィールドの外で見られる選手の素顔に焦点を当てるプレーヤーズ・ウィークエンドに合わせ、ロドリゲスが「DJプレノ」として誕生するまでの物語と、これからについて紹介する。

好奇心と向上心

ロドリゲスは将来を嘱望された10代の頃から注目を浴びてきたが、その一方で、意図的に人目から遠ざけている一面も多くある。

まだ25歳とは思えないほど深く自分自身と向き合っていることもそのひとつだ。昨年はオールスターに選ばれたが、心身の休養とリセットのために出場を辞退している。

「すべてが野球を中心に回っていると、時に苦しく感じることもある」とロドリゲスは語った。

DJ活動も、人目につかないところから始まった。

マリナーズが昨年のプレーオフで敗退した後、ロドリゲスは長くじっとしていられなかった。ドミニカ共和国の小さな町で育ったこともあり、ここ数年の冬は、世界を見るという純粋な目的で、日本や欧州を数週間ずつ旅してきた。

そういった海外旅行へ出る前、ロドリゲスは純粋な好奇心からアマゾンで入門用のDJターンテーブルを注文し、シアトル近郊の自宅で練習を始めた。それまでDJをした経験はまったくなかったが、音楽は昔から好きだったという。

「ものすごく難しかった。どのボタンに何の機能があるのか、何も分からなかった」とロドリゲスは振り返る。

当初は、自分の機材を「最高に格好いい」と思っていた。しかし、DJ経験のある友人たちからからかわれ、「全然違った」と冗談を飛ばした。

そこでさらに機材を注文し、練習を重ねるにつれて技術も磨かれていった。

ロドリゲスがDJを始める時間に決まったルーティンはない。自然に意欲が湧いたときに機材へ向かう。多くの場合は球場へ出発する前の朝だが、最も好きなのは本拠地でのデーゲーム後だ。シアトルでは夜の9時を過ぎても日が出ている。

好きなジャンルはハウスミュージックだ。特にお気に入りなのはマーティン・ギャリックスで、ブラック・コーヒーも好んでいる。

スプリングトレーニングを迎える頃には、ロドリゲスはチームメートにも腕前を披露し始めていた。クラブハウスで時折、自分のプレイリストを流すこともある。しかし、アラムナイ・ダービーの観衆は、それまで”ステージ”としては圧倒的に大きく、メジャーデビューの日に似た緊張感もあった。

「みんなが実際に好意的に受け止めてくれて最高だった。雰囲気をつくり、みんなを盛り上げることができて、間違いなく最高の感覚だった」とロドリゲスは語った。

ステージネーム

ロドリゲスは毎年オフシーズンに故郷のドミニカ共和国へ帰っている。今年は自らが育った野球場の大規模な改修も行い、帰郷中に新たな趣味について多くの友人へ話し始めた。

すると、友人たちは当然のように、DJとしての名前を知りたがった。

名前が決まったのは、幼なじみのロンドリーとの会話からだったという。

「力強く、短く、はっきりとした言葉だから、完璧だと思った」とロドリゲスは語った。

スペイン語の「pleno」はラテン語の「plēnus」に由来し、「満ちた」「いっぱいの」「完全な」「豊富な」という意味を持つ。人生の最盛期を迎え、充足している状態を表す言葉だ。

ロドリゲスにとって同じくらい重要なのは、その名前がグラウンド上でのキャリアから完全に独立していることだった。

「それ自体で独立したものにしたかった。『The・44』のような、野球と強く結びついた名前にはしたくなかった。DJを始め、いろいろなことに取り組み始めたとき、僕はいい状態にいた。人生における自分の現在地にも、野球選手としてのキャリアにも、人生全体にも満足していた。だから自分に本当にふさわしい言葉だと感じたし、それこそ自分が人々に届けたいものだと思った」とロドリゲスは語る。

「みんなに気分よく、満ち足りた状態でいてもらい、自分を充実させてくれる、本当にやりたいことに取り組んでもらいたい。それがこの名前とともに人々へ残し、持ち続けてもらいたいメッセージなんだ」

野球との共通点

ロドリゲスは、DJとしてビートを流し観客を沸かせるたびに、打席で大仕事をして観衆を沸かせる時と似た感情を味わっていると冗談交じりに語った。

「毎回、本塁打を打っているような感覚だった」とロドリゲスは、満面の笑みを浮かべた。

趣味として始まったものが、今では人々と情熱を共有するほどに成長した。しかし、その始まりは極めて個人的で、内面的なものだった。

「以前は、これほど本当の意味での『趣味』と呼べるものを持っていなかった。少なくとも今年の自分にとって、こういうものを生活に取り入れるのは本当に重要だと気づいた。野球のためにできることには限りがあるし、野球によって少し燃え尽きたように感じることもあるからね」とロドリゲスは語った。

新たにDJの世界へ踏み出すなかで、野球を始めた頃の経験も生かしている。

「僕はずっと野球をしてきた。ここまで長い道のりを進んできたからこそ、当たり前だと思っていることや、もう意識すらしなくなったこともある。でもDJは、始めたばかりだ」とロドリゲスは語る。

「何かを始めた頃の苦労を思い出すことで、野球で自分がどれほど遠くまで来たのかを、今まで以上に実感できる。世界最高の選手たちを相手にメジャーでプレーしていることも、その一つだ。それによって原点へ立ち返ることができた。自分が野球で歩んできた過程についても、改めて見つめ直し続ける助けになっている」

今後の展望

謙虚な姿勢を崩さないロドリゲスだが、同時に大きな野心も持っている。

きっかけは、世界的アーティストのエド・シーランと交わした会話だった。シーランは今月初め、T-モバイルパークの向かいにあるルーメンフィールドでの公演を前に、球場を訪れていた。

「とにかく続けることだ。時には友人でさえ気に入ってくれないこともある。でも、それでいい。続けて、続けて、さらに続けていけば、最終的にはうまくなる」とグラミー賞を4度受賞したスターは語ったという。

ロドリゲスは、この新たな趣味でどこまで到達できるかは分からず、「ただ流れに身を任せている」という。

それでも将来的には、他人の楽曲をミックスするだけでなく、自分の音楽を制作したいとも付け加えた。さらに大勢の観客の前で演奏を続けたいとも考えており、このオフシーズンに何かを計画している可能性もほのめかした。

「絶えず上達していくことへの愛がある。恐れずに挑む姿勢もある。……創造的でいること、物事に対して柔軟な考えを持つこと、そして異なる視点から人や物事を見ることだ」とDJプレノは締め括った。